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サマーキャンプ


 七月十六日に機器を搬入。八月一日のスタートを目指してさっそく段取りが始まった。

 まず、モデムの手配を急いだ。当時は300ボーが主体であったが、四倍のスピードである1200ボーのモデムがエプソンの工藤さんの計らいでホスト用に届けられた。四月のフォーラムで知り合った工藤さんは、五月にはCOARAー1用に300/1200ボー自動選別接続できるSR120ATモデムを試験用に無償提供してくれていたのだが、さらに多回線分の台数を無心していたのだ。正規の製品とは異なる形のものを技術情報も含めて工面をしてくれたのは、お金がない我々にとっておおいに勇気づけられた。

 さらに、難物はPADと呼ばれるパケット装置であった。国内ではパケット通信からのアクセスをサポートしているホスト局が少ない中で、八五年一二月末にJALNETがサービスを開始し、全国から「300ボーの場合三分二十円」の安い料金で通信できる、と、うたっていた。私としてもコアラが多回線化される時に最低一回線を第二種パケット通信網として用意したかったので、あらゆるチャンスに当たっていたところ、その八五年はじめ、アメリカ資本の日本ダイナテック株式会社が大分に工場進出する話が伝わってきた。

 この会社はコンピュータと電話網をつなぐパケット通信装置(PAD)を主力製品として製造している会社で、JALNETも採用しているという。早速、資料を取り寄せ、何度も電話で話し、二月、四月と東京に行くたびに足を運んでみた。要は、

 「大分に進出されるとのこと。大分で御社の製造する『パケット装置』を理解していたり使おうなどと考えているところは、まずコアラだけでしょう。平松県知事はコアラの名誉会長になっていただいていますし、ここは、工場進出されるのを縁に私達にしばらくPADをテスト使用させていただけないでしょうか」

 と、お願いし続けたのである。営業責任者の松本秀雄部長は、日本の一村一品地域おこし思想とアメリカ人社長の世界戦略思想との間でかなり困ったようだったが、目を白黒させつつ何度も社内調整に走ってくれた。その甲斐あって、八六年八月よりCOARA-3が動くであろう秋までの数カ月間の無償貸出しを断行してくれた。バンザイである。

 何しろ、それまでNTTがサービスするパケット通信はDDX-Pと呼ばれ、なかなか一般には認知されにくく利用を考えるのは企業くらいのものだった。しかし、パソコン通信という言葉が広まるにつれ、NTTも考えたようだ。たとえば、JALNETで第二種パケット交換サービスを利用するには、ユーザー側もNTTに工事担当者氏名、認定番号を添えて申し込まねばならず、一般の人だと自らが担任者資格を持つか、資格のある友人を探すかせねばならなかったのだが、八六年四月からDDXーTPと呼ばれる、より簡易な申込みができるものを用意した。それまでは事業所と事業所を結ぶパケット通信サービスのみを想定した利用制度であったのだが、一般人も眼中に置き、自宅から加入電話網を経由してパケット通信網にアクセスできるようにしたのである。

 もれを見逃す手はない。アスキーネットもさっそく五月からサービスを開始したし、コアラとしても東京特派員や東京宣伝隊のためにも大至急サービスをしたかった。

 しかし、これはASSISTーBBSにとっては予想外のことであって、新しい仕様を追加することになる。そうでなくても、すでに私の方から数十項目の改善要求が突き付けられている。八月中旬すぎ、コアラの立ち上げのみならず大分へ里帰りのつもりで帰ってきた古庄君にとってみれば、東京にいる以上のハードな働き場になってしまったようだった。

 何しろ、毎晩深夜まで改造につぐ改造である。コアラメンバーは目が肥えていて、テストアクセスのたびごとに鋭い感想を出してくる。あまりに要求が多く、メンバーも心配になったのか、夜になると代わる代わる差し入れを持ってきてくれる。時には徹夜のこともあった。特別許可をもらいこの期間だけ情報センターを深夜も開けてもらっていたものの、誰とはなく、これを「サマーキャンプ」と呼び始めた。頼りは古庄君しかいない。東京大学の大学院を出て通信プログラムに挑む、それも、パソコンレベルで、コンセントレータ(集線装置)なしで多回線システムプログラムをつくり上げるという…。ちょっと今までの常識では考えられない優秀なものをつくろうとしている彼は、少し無口なのだが睡眠不足で頭脳が焼き切れるとコトンと寝てしまう。皆はそーっと見守り、かつ、その間にテストアクセスをして彼の宿題を増やしてしまうという彼にとってはすごいキャンプだっただろう。

 おかげで、立派なものができ上がったと思う。PA社の坪さんには申しわけなかったが、コアラのほうでより強引に最終仕様を決めてしまったようだ。 とくに、日本語での改行までの文字数制限をなくす件や、最初から最後まで改行キーのみですべての未読が読み出せる仕組み、デモンストレーションアクセスが可能な仕組みといったことから、ホスト側からのメッセージ内容や方法、タイミングなどでである。当初変更前は「掲示板」と「会議」はほぼ同じ機能であったが、サマーキャンプ後は変更を行ったのが「会議」だけだったので、両者は大きく使い勝手が異なってきた。もちろん、変更を行った「会議」システムの方が好評で、その後の利用実績がそれを実証している。八月一日深夜(もう八月二日になっていたかもしれない)、とにかく動きだした。さっそく皆がアクセスしてくる。

 「今までよりスピードが早い、うれしい!」(そりゃあ最新鋭のパソコンとプログラムだもの)

 「同時に他の人がアクセスしているんだねー。そう思うとアクセスしててゾクゾク楽しくなってしまう」(東京からと大分から同時にコアラしてるのに興奮、書き込みも当然多くなる)

 皆がうれしい悲鳴を上げるのを眺めるのはとっても楽しいもの。

 コアラがスタートして約一年三カ月、こうやって興奮のCOARA-2時代が始まり、COARA-3開発の遅れから、それは秋までの数カ月ではなく約一年間の長丁場になっていくのだが。



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