post95:例会そのものがおもしろい!?
例会そのものがおもしろい!?
毎月一回の開催で計十二回を経た例会は、後藤会カイチョーのうまさで、まさに手づくりの自主参加がにじみ出た独特のスタイルになっていた。当初の例会は、〟パソコン通信を教え合う勉強会〟的スタートで、事務局が用意した資料をもとに世界の動向から技術的な内容まで研修する雰囲気があったが、二、三カ月もすると「いかに通信するか?」から「自分達は何を通信するか?」に変わっていったし、半年経過後は「通信して親しくなった人達とコミュニケーションするために集まる」傾向が顕著になっていった。そもそもパソコン通信が起動に乗ったら「例会は止めます」と言い放っていたのに、パソコン通信コミュニケーションが盛んになればなるほど例会出席者が増えてくる。
当日早めにきた人達は、例会資料となる「アルバムCOARA」のホッチキス止めを自主的に手伝っている。これはカイチョーの事務所の女性達が一カ月の通信の抜粋をガリ版印刷したもので、巻末にはこの一カ月間にアクセスした人達の名前と回数や新入会者の一覧などが掲載されており、通信ができない人達にとっては「コアラの中がどうなっているか?」を知る資料となり、通信できる人にとっては改めてその通信相手を確認する格好の道具となるものであった。会津さんと中村さんも、そのアルバムづくりを面食らいながらも自然と手伝うようになった。
例会そのものは、四十人前後の人達がロの字型に集い、順番に一言づつ発言していく。テーマは一応「一カ月の各自の報告」ということになっているが、コアラにこだわらずなんでもありの発言が許されるが、そこには自然とパソコン通信コミュンケーションで学んだマナーが身についた会議進行になっている。 参加してておもしろくない会議は、皆さんご存じのとおり参加者が人の話を聞かないこと、ごくひとにぎりの人が長々と一方的に話し続けること、直前の発言者の内容を無視して違う話をし始めること、特定の人がすぐに会話を引きとって自分の意見ばかりをいいたがること。今までの〟集まる〟ことをだけを義務づけられた参加者ばかりの会議ではそれでもよかったのかもしれない。
が、コアラ内では違っていた。一方的に発言を書き続けると、よほど〟読ませる〟ものでなければ皆が無視していく、読み飛ばしていく。他人の発言にレスポンスを寄せず、いつも自らの意見発言だけの人は「コミュニケーションが下手な人」と思われてあまり相手にされない。反面、読む人の気持ちを考え、書き込まれた他人の発言の全体的な流れを汲み、違和感なく読めるように自分の意見を組み立てている発言は評判がよい。読んでいてもおもしろいし気持ちがよい。ああ、双方向っていうのは通信機能が双方向というよりも、話の内容、気持ちが双方向であることが重要だったのだ、ということが今さらながらわかってくる。 そうすれば、ユーモアにはユーモアで応じ、初心者には相手が初心者であるといういたわりを持って、人生の先輩にはそれなりの敬意を払って皆は応じていく。
文章でのコミュニケーションでありながら、そういったマナーが自然な状態で身についていて、例会などの実際の会議マナーに反映されて、年の老若、職業の種別、男女の別、社会的地位に左右されず、皆が等分に順番に発言機会を持ち、笑い声いっぱいで聞き合っている。そして、自分の順番時にそれまでの人の話を受け、そのレスポンスとして発言しながら自分の意見を新しくいう人は、会話内容が双方向で聞いていてもおもしろく、評判がよい。パソコン通信で感じるような自由で縛られない、しかも、他人を尊重する雰囲気で会話が進められていく。それゆえに明るくパワーにあふれる会合になっている。そういった当時の例会初参加の感想を、大分市から車で一時間ほどの宇佐市の小学校の先生である是永哲也さんが画面3-1のようにコアラに書き込んでいる。
会津さんや中村さんは、実際に顔をあわせることが前提のパソコン通信グループにおおいに興奮したようだった。そしてとどめは例会後の二次会で、格安の若者向け居酒屋〟無一文〟で膝小僧を突き合わせて、かぼチューを酌み交わしつつ、都会にはない地方色いっぱい、人情味いっぱいのパソコン通信談義におおいに興奮したようだった。とにかく笑いが絶えない、おもしろい、一人一人がよく相手の話を聞く、そして自らも話す。ネアカ、ハキハキ、マエムキそのもののグループパワーはすごかったに違いない。メンバー構成がこのような多岐に渡るグループは、過去にはコミュニティとして誕生することもしにくことではなかったか?

コメント
コメントはまだありません。