post80:バーチャル喫茶〟COARA〟出現 

バーチャル喫茶〟COARA〟出現


 と、突然、何も前触れもなく、」Data Base Section No.8 -- カイギ・イケン・テイアン」のコーナーに、藤野君が〝喫茶コアラ〟というネットワークの中にしか存在しない喫茶店を開店。〝亭主として客を待っている〟という。即座に県立芸短大の陶芸の先生である久保木さんが〝客〟となって表れ、

 「こんにちはー、開店おめでとうございます。・・・コーヒー下さい。・・・藤野マスターはワープロは何をお使いですか?」

 などと書いている。そして、それに対して〝藤野マスター〟は、

 「これは久保木様、早速のご来店まことにありがとうございます。当店もワープロは・・・あっ!コーヒーでした、たいへんお待たせしました」

 と書き込んできた。おもしろい!二人のやりとりがおもしろい。藤野君と久保木さんの書いている内容がお互いの書いていることに応える内容になっていて、それを見るのが楽しい。かつ、二人でやりとりする話はワープロに関する個人的な体験談であって、今までの客観的データベースのデータとは大違い。

 小学生の感想文と似ているし、そのやりとりは高校生の馬場雅治君に対して佐藤さんが応じたやり方と同じだ。それを喫茶店という形態で誰にでもなじみやすい、書きやすい形態を構造的につくりあげた格好だ。

 これを読んだ他の会員達も「なるほど!」と膝を打ったに違いない、あとはもうあれよあれよ、と皆が久保木さんをまねて〝来店〟してくる。客側は自分の感想や意見を書き込む前にかならずコーヒーやケーキの注文をするし、マスターは、BGM(ちゃんと曲名を明示するんだから!)をかけながら(?)客の話にあわせつつ、場合によっては他の人に話を振る。本当に喫茶店にいるようだ。

 それまではいかに皆に書いてもらうか四苦八苦で、これはと思う人に事務局として肉声電話をかけて催促していたのがウソみたい。皆が争って書いてくれるようになり、その後のたった半月の間に、この喫茶だけで三十もの書き込みがあった。

 コアラが発足したとはいえ、当時はまだ会社に通信設備を持っているところはめずらしく、ほとんどの会員が自宅からの通信であったので、毎日互いに仕事が終って夜になるのが待ち遠しい。しかし、そうなると夜はほとんどいつも話し中の状態で、なかなかつながらない。一回線システムであるがゆえに、喫茶コアラはイスが一つしかないお店みたいなものだ。すると、「座席が空くまで待つ方は暇つぶしにこういった電話サービスはどうですか?」などといった案内まで喫茶に貼り紙されたり、マスター自身が自分の店に入れず、、、。

 あまりに話し中の状態が長いので、ホストがダウンしたのではないか?(その頃はまだまだモデムコントロールが完全ではなく、フトした弾みで利用者側が電話を切っても正常状態にもどらないことがあった)と、藤野君は真夜中であっても自転車に乗ってホストのある情報センターに行ってみる。行ったって情報センターにはカギが掛かってて入れるわけはないのに。窓越しにホストパソコンの緑のランプが点いてるかどうかを確認するのみ。それも点いてたってモデムが正常か異常かは判別できないのだけどなー。それをいっても彼は自転車を毎夜走らせる。それほどまでに店主も客も毎日、興奮してしまっていた。

 かくいう私も人のことはいえない。世の中にこんなに楽しいことがあるのだろうか!こんなにおもしろいことがあったなんて!と人生がひっくりかえったようなウキウキした気分でいっぱい。コアラに関係ない人と会ってる時でさえ、心ここにあらずのニコニコした状態で、奥さんは一時期の疲労入院の後遺症が出たのでは?と心配したくなったそうだ。

 毎夜爪を噛みながら席が空くのを待ちつつ思ったことは、そうか、〟パソコン通信の双方向〟っていうのはこのことだったのだ。今までのデータベースサービスのようなコンピュータネットワークは、「ユーザーはデータ作成者=ホスト側から一方向的にデータを読みだす(受信する)機能」を主体的に使ってたが、この電子掲示板と呼ばれるパソコン通信は、「ユーザー達が事務局に頼らずデータを互いに登録できる機能」があって、その情報処理機能を〝双方向〟と表現し注目している、と思っていたが、それだけでは不十分だったのだ。

 ハード的・機能的に双方向ということよりも、取り交わす内容が双方向か?ということが問題だったのだ。データの内容そのものが相手のデータを受けて返事になっているという、通信内容そのものが双方向であるところに一番のすばらしさ、楽しさがあるのであって、これはコミュニケーションにほかならないではないか。昔からスレ違いの会話はおもしろくないし、聞いていて楽しい弾んだ会話は〝双方向である〟のに決まっている。

 この一回線システムを我々はCOARAー1と呼んでいたが、今までの経緯でわかるとおりこれはコロンブスを使いこなすための実験システムであった。そのとりあえずの実験結果として、当時、私はその時の感想をコアラの中に書き込んでいる。(画面2─2)

 

 COARAにアクセスするとLog inした後に


  <COARA DATA BASE SERVICE>


と出るが、それが私の間違いだったしその間違いに気が付いたことが最大の実験収穫だった。

 パソコン通信は決してDATABASE SERVICEではなく、必ずやCOMMUNICATION SERVICEなんだ。情報サービスはそれはそれで面白いがそれだけでは人は面白さを十分に感じない。よっぽどの専門情報か特殊な情報でもないかぎり人はそうパソコン通信を使って情報を捜し当てようとは考えないのではないか?

 たいがいのことは、どうしても知りたいことは図書館や本屋さん(今や本屋さんは昔のお風呂やさんとおなじくらいに、町内に一つは有る。)、それでだめなら新聞社や該当する人に直に電話を掛けて必要な情報を入手する。

 最新のニュースも、アメリカの生のニュースを希望しない範囲なら新聞、テレビ、ラジオ等で適度に入手できる。

 我々がやっていることはどちらかというと、「なにか面白いネタはないか?」的なあまり的を絞らない情報収集であるし、それは情報収集と言うよりも、自分もとりとめもないことを発言しつつ、他人の発言に触発されつつ己の大脳を興奮させるコミュニケーションなんだと思う。

 その自分が発言する内容が、又、人の発言内容がより身近であればあるほど(決して物理的な距離ではなく精神的なもの---それが、真のLOCALを意味するのではないのか!)、それは同じ形態であっても(三重町の小学生の作文はなんと身近に感じることか!)、情報サービスではなく、コミュニケーションサービスとなってしまう。

 したがってはっきりとした、あの情報が欲しくてアクセスするという形態ではないので、どちらかというとアクセスする途中の過程そのものが最大の魅力であり、なんとはなくアクセスしてて思わぬ拾いものをするのがコミュニケーションである。


 COARA-1の最大の私の実験結果である。

画面2─2 COARAにアクセスしてログインした後に



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