post64:すべての元年1985年
すべての元年1985年
そう思いつつ、我が大分県の状況を再度振り返ってみると、大分はまさに〟情報化推進気運〟いっぱいであって、84年10月にニュメーディアコミュニティの指定を受けてそれ以降、ぞくぞくと毎日のように情報化関連ニュースが報道されている。
たとえば同じ10月に大分の情報関連の中心地になるであろうソフトパークのレイアウト図が公表され、ソフトパークセンタービルが翌4月完成めざして建設着工。大分のキャプテン会社である大分ニューメディアサービス(株)の発起人会が来夏のサービス開始に向け開催。さらには、85年2月のテレトピア指定に引続き、運輸省のメディアターミナル実験都市の指定を4月に大分別府地区が受けるような予告ニュース。更に機運をあおるかのように、85年2月地元大分合同新聞社が経済界を主体にした月例のニューメディア懇談会という勉強会を発足。それこそ、のりおくれまい、と、多くの企業が参加したし、私の会社も勿論参加。より公式な団体である経済同友会はテクノポリス委員会変じてニューメディア委員会となっており(私は引き続き副委員長であったが)、官民あげて地域振興策の切札ここ情報化にあり、という意気込みである。
むりもない、1985年4月には電気通信事業法、通称VAN法案が制定され、NTTがついに民営化されることになる、と、予告されていたし、実際そうなったのだから。そうなれば、電電公社が独占していた回線の敷設・運営を一般企業が行うことが可能になるという第二電電構想や、第一種電気通信事業者から回線を借り受けてVAN事業を行える等と、様々なビジネスチャンスを感じる報道が毎日のようにある。日本全体が情報通信フィーバーといったような状況でしたから。
そういった情報化推進関連全般の中で、特に情報通信ネットワークそのものに対しても期待感一杯。県の主催する大分県高度情報化システム(INS)研究会では、県北・国東テクノポリス地域と大分別府両市を高速デジタル回線で結んだ「広域テクノポリスVAN」が提案され、技術経営情報や学術研究開発情報、地域経済情報、新聞・雑誌情報等をパソコンやオフィスコンピュータで使えるようにしたい、と、新聞に書かれている。

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