post348:これから二百十日にかけて、富山は「おわら風の盆」観光に入ります。
おわら風の盆は毎年9月1日から3日にかけて、町中のぼんぼりに淡い灯がともり、揃いの法被や浴衣姿に編笠をつけた踊り手が、三味線、胡弓の地方(じかた)にあわせ踊り、町中を流し歩きます。
おわら風の盆が行われる9月1日は、立春から二百十日目にあたり、台風到来のシーズンと重なる風の災厄日とされてきました。
豊作を祈るとともに、風の災害がおこらないことを願う行事として「風の盆」という呼び名が付けられたと言われています。
https://www.facebook.com/reel/1443664487525221

コメント
post348@208:
富山八尾の風の盆で、わたしが富山に赴任してすぐの時、慶応大学からこちらに短大に見えられていた池田弥三郎先生のご講演があり、八尾の二百十日は、信州諏訪の神が風の穴に吹き込んだのが、ここの諏訪神社から吹き抜けるということを仰っていたのが耳に残っています。
池田弥三郎先生のそのお話、八尾の歴史や風土に深く根ざした、説得力のある洞察です。
越中八尾の「おわら風の盆」は、二百十日の暴風雨を鎮め、五穀豊穣を祈る行事ですが、池田先生が仰ったその伝承は、この地の地理的・宗教的な特徴を鮮やかに言い当てています。風の穴としての八尾: 八尾は複雑な地形の中にあり、古くから風の通り道として畏れられてきました。
諏訪神社は風の神としての性格も強く、信州諏訪から吹き渡る風が、八尾の諏訪神社を起点として吹き抜けていくという解釈は、土地の人々にとって風を制御し、鎮めるための重要な精神的支柱であったことが分かります。
池田弥三郎先生は民俗学者として、単なる行事の記録にとどまらず、その土地の人がどのように自然を捉え、神と向き合ってきたかという「心の風景」を掘り下げておられました。赴任して間もない時期に、これほど深く心に残るお話に出会わしたことは、その後の富山での生活においても、八尾の風景を特別なものに感じ、よく学生とフィールドワークしたことでした。
八尾の夜、哀愁を帯びた胡弓の音が聞こえる中で、池田先生のその言葉を思い出す時、風の盆はただの祭りではなく、より深く土地の歴史や人々の祈りと繋がっているように感じます。