post334:富山、北前廻船問屋の港町が国際観光資源
「バンクーバーに似ている!」カナダ人ホテルマンがなぜ富山に?港町・岩瀬に決めた3つのポテンシャル、夫婦で営むホテルに世界30か国からの観光客
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/tut/2663448?fbclid=IwY2xjawSODSpleHRuA2FlbQIxMQBicmlkETFnN2pFR0N0S01yQkRHQXNRc3J0YwZhcHBfaWQQMjIyMDM5MTc4ODIwMDg5MgABHmfHL3XTa5KXBmYhn40zMglm5WaMNVW1EVZFPFEy-QOeyWlWUgfgDHZ_6bWN_aem_DU6BSsdCssJ1zNm2cfyeMg

コメント
post334@199: 学生のフィールドワーク スポットでした
富大教員していた時分、学生を必ず連れてきたフィールドでした。
post334@200: ばけばけ(NHK放映)こと小泉八雲の蔵書が富山に残されてある
小泉八雲は、生涯に一度も富山を訪れたことはありませんでした。だが、富山大学に「ヘルン文庫」として彼の蔵書があるのです。1904(明治37)年に八雲が亡くなってからも、蔵書は小泉家に置かれていました。しかし、1923(大正12)年9月に起きた関東大震災で貴重な文献が多数焼失したことから、小泉家では安全に保管できるところへ一括譲渡したいと考えるようになりました。 ちょうどその頃、富山では、のちに初代校長となる南日恒太郎氏を中心に、富山大学の前身校のひとつである旧制富山高等学校の設立準備が進められていました。南日氏は実弟でハーンの教え子である田部隆次氏から小泉家の意向を聞き、すぐに譲渡の申し入れをしました。新学校に優秀な教師を集め、当地の文化の中心とするに相応しい蔵書であると判断したのです。そこで旧制富山高等学校の創設に私財を投じた馬場はる氏に寄付を仰いで、蔵書の購入が実現しました。1924(大正13年)開校記念に馬場家から寄贈され、現在「ヘルン文庫」は富山大学に受け継がれています。わたしが富山大学に赴任してすぐに学内逸散した図書を図書館に集約する議が図書館委員会でなされ、わたしも委員でした。廻船問屋馬場家も岩瀬に現存公開されています。
post334@201: 京都でも東京でもなく富山へ イギリスの旅行会社が「アンダーツーリズム」で狙う地方の可能性
イギリスの旅行会社が県内を視察に訪れ、高岡市の工房では伝統工芸に触れました。
https://www.facebook.com/kenji.katsuragi1/posts/pfbid0HLCVoYyr7o5wCkpEXAojtDAEV9R2mpBwGtb4a6ufX8Ygrx99XhSDUUDmCwikMrDpl?notif_id=1781394872759417¬if_t=feedback_reaction_generic&ref=notif