post317:誰ぞ故郷を想わざる
最近、少年時代を大陸から引揚げ日田に住まいも同じ町内、小学校も同じ、そして親の仕事で転校して来た先も同じ、進学した中学・高校も同じで、大学と仕事先は違えたが、高校同窓会で再会した横浜におられる幼友達とメールしていて、郷里日田の住まいの裏を流れる三隈川(筑後川上流)に浮かぶ屋形船と鵜飼の景色を思い出します。
ふる里は遠くに在りておもうもの
そして哀しく詠うもの
うらぶれた異土のかたいとなるとても
かえるところにあるまじや
ひとり都の夕暮れに
ふるさと思い涙ぐむ
そのこころ保て 遠きみやこに帰ればや
みやこはまほろはですね。

コメント
post317@185: 室生犀星
http://www.kangin.or.jp/learning/text/poetry/s_D3_03.html
post317@186: 金沢、犀川脇の室生記念館
わたしはず〜と金沢大(大学院)の併任が長く、以前は大学も香林坊界隈、研究会を四高会館でやっていて、犀川にかけては足を延ばしていた。その犀星館に立ち寄る度にこの詩作、わたしの国民学校初年までいた中国旅順、そこの高校にいた一世代離れた従兄が口にしていた「窓は夜露に濡れて〜」とリフレイン、日田の屋形船を詠っていた。
北帰行
宇田という学生はわたしが住んでいた旅順の高校の寮歌 『薫風通ふ春五月』(村岡楽童 作曲)を作詞している。戦時体制下の新設校だった同校に、宇田の望んだバンカラで自由な校風は存在せず、メッチェンと交際して戻ったところを教官に見つかり退学処分となった。彼が、同校への訣別の歌として友人たちに遺した歌が、この『北帰行』である。同校の正式の寮歌ではないが、広義の寮歌として歌われてきた。
窓は夜露に濡れて
みやこ既に遠のく
北へ帰る旅人ひとり
涙流れてやまず
いまは黙して行かん
何をいま語るべき
去らば祖国愛しき人よ
明日は何処の街か
従兄は涙ぼろぼろ旅順を察令った