post273:第1綴 第5章 伊邪那美の死と迦具土斬殺(いざなみのし と かぐつちざんさつ)
(1)背景説明
カグツチ出産に伴うイザナミの死と黄泉隠れの記事は記紀に無く、祝詞・鎮火祭に古体の文章で残っている。この章で注目される語は「いよぶせ」即ち死んだ者を生き返らせる蘇生術である。ここには蘇生のために用いる呪文や所作が書かれていて、上代の蘇生習俗を語るものとして興味深い。
イザナギの炎の戦い
(2)平易訳
伊邪那美の死と迦具土斬殺(いざなみのし と かぐつちざんさつ)
伊邪那美命(いざなみのみこと)は、
火の神・迦具土命(かぐつちのみこと)を生んだとき、
その激しい熱によって体を焼かれ、
深く苦しみました。
そのとき伊邪那美命(いざなみのみこと)は、
夫である伊邪那岐命(いざなぎのみこと)に言いました。
「夜は七日、昼も七日のあいだ、
どうか私を見ないでください。
あなたは私の夫なのですから。」
しかし伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は、
七日を待ちきれず、
不思議に思って中をのぞいてしまいます。
するとそこには、
火の神を生んだために身を焼かれ、
腫れ上がり、
熱に苦しむ伊邪那美命(いざなみのみこと)の姿がありました。
伊邪那美命(いざなみのみこと)は言いました。
「見ないでほしいとお願いしたのに、
あなたは私を恥ずかしい姿にしました。
もうあなたの前には出られません。
私は隠れて、黄泉(よみ)の国へ行きます。」
そう言って、
黄泉比良坂(よもつひらさか)へ向かい、
そのまま黄泉(よみ)へと帰っていきました。
その後も伊邪那美命(いざなみのみこと)は、
水放姫神(みずはなひめのかみ)、
丹生津姫神(にうつひめのかみ)、
天之吉葛神(あめのよさつらのかみ)、
国之吉葛神(くにのよさつらのかみ)、
川那芸神(かわなぎのかみ)、
川那美神(かわなみのかみ)などの神々を生みました。
伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は、
妻を失った悲しみのあまり、
「愛しい妻よ。
たった一人の子と引きかえに、
おまえを失ってしまったのか。」
と言って、
枕元や足元に伏して激しく泣きました。
その涙から生まれた神が、
泣沢女命(なきさわめのみこと)です。
やがて伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は、
腰に帯びていた十拳剣(とつかのつるぎ)を抜き、
火の神・迦具土命(かぐつちのみこと)を三つに切り裂いて殺しました。
その剣についた血は飛び散り、
やがて岩の群れとなりました。
この剣の名は
天之尾羽張(あめのおはばり)、
または伊都之尾羽張(いつのおはばり)といいます。
その後、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は
高天原(たかまがはら)へ昇り、
天つ大御神(あまつおおみかみ)に、
伊邪那美命(いざなみのみこと)が亡くなったこと、
そして迦具土命(かぐつちのみこと)を斬ったことを
詳しく申し上げました。
天の神々は占いを行い、
こう告げました。
「神は去ってしまった。
しかし仕方がない。
鎮めの儀式を行いなさい。」
そのとき唱える言葉は、
「おきく おきく くるこ くるこ
ひれこ ひれこ」
というもので、
両手を振りながら唱えるとされました。
さらに、
「迦具土は剣で清め、
手で祓いなさい。」
と命じられました。
こうして、
伊邪那美命(いざなみのみこと)の死と、
火の神・迦具土命(かぐつちのみこと)の斬殺、
そして鎮めの儀式が語られています。
(3)逐意訳(現代語訳)
先(さき)に、
伊邪那美(いざなみ)の命(みこと)は
火(ひ)の神(かみ)をお産(さん)みになったため、
陰部(いんぶ)を焼(や)かれて、
ひどく苦(くる)しみ悩(なや)んでおられました。
その時(とき)、伊邪那美(いざなみ)の命(みこと)は
伊邪那岐(いざなぎ)の命(みこと)にこう言(い)いました。
「夜(よる)は七日(なのか)、
昼(ひる)も七日(なのか)のあいだ、
どうか私(わたし)を見(み)ないでください。
あなたは私(わたし)の夫(おっと)の神(かみ)なのですから。」
けれども、その七日(なのか)も待(ま)ちきれず、
伊邪那岐(いざなぎ)の命(みこと)は
不思議(ふしぎ)に思(おも)って中(なか)をのぞいてしまいました。
すると伊邪那美(いざなみ)の命(みこと)は、
火(ひ)の神(かみ)を産(う)んだため、
陰部(いんぶ)が焼(や)け、
ひどく腫(は)れ上(あ)がり、
熱(あつ)に苦(くる)しんでおられたのです。
伊邪那美(いざなみ)の命(みこと)は言(い)いました。
「私(わたし)が『見(み)ないで』と申(もう)したのに、
あなたは私(わたし)を恥(は)ずかしめました。
もうあなたの前(まえ)には出(で)られません。
私(わたし)は隠(かく)れて黄泉(よみ)の国(くに)へ行(い)きます。」
そう言(い)って、
黄泉比良坂(よもつひらさか)まで行(い)かれました。
そして心(こころ)の中(なか)で、
「私(わたし)の夫(おっと)は生(い)きている世界(せかい)を知(し)っているのに、
私(わたし)は恐(おそ)ろしい子(こ)(火の神)を産(う)み、
この世(よ)を去(さ)ってしまった。」
と思(おも)いながら、黄泉(よみ)へ帰(かえ)られました。
その後(のち)、伊邪那美(いざなみ)の命(みこと)は
次(つぎ)の神々(かみがみ)をお産(さん)みになりました。
水放姫(みずはなひめ)の神(かみ)、
丹生津姫(にうつひめ)の神(かみ)、
天之吉葛(あめのよさつら)の神(かみ)、
国之吉葛(くにのよさつら)の神(かみ)、
川那芸(かわなぎ)の神(かみ)、
川那美(かわなみ)の神(かみ)です。
伊邪那岐(いざなぎ)の命(みこと)は言(い)いました。
「愛(いと)しい私(わたし)の妻(つま)よ。
たった一人(ひとり)の子(こ)と引(ひ)き換(か)えに、
おまえを失(うしな)ってしまったのか。」
そう言(い)って、
枕元(まくらもと)と足元(あしもと)に腹(はら)ばいになり、
激(はげ)しく泣(な)かれました。
その涙(なみだ)から生(う)まれた神(かみ)が、
泣沢女(なきさわめ)の命(みこと)です。
伊邪那岐(いざなぎ)の命(みこと)は
腰(こし)に帯(お)びた十拳剣(とつかのつるぎ)を抜(ぬ)き、
火(ひ)の神(かみ)・迦具土(かぐつち)の命(みこと)を
三(み)つに切(き)り裂(さ)いて殺(ころ)しました。
剣(つるぎ)についた血(ち)は飛(と)び散(ち)り、
それが固(かた)まって岩(いわ)の群(むら)となりました。
この剣(つるぎ)の名(な)は
天之尾羽張(あめのおはばり)、
または伊都之尾羽張(いつのおはばり)といいます。
伊邪那岐(いざなぎ)の命(みこと)は
高天原(たかまがはら)へ昇(のぼ)り、
天(あま)つ大御神(おおみかみ)に
伊邪那美(いざなみ)の死(し)と
火(ひ)の神(かみ)を斬(き)ったことを詳(くわ)しく申(もう)し上(あ)げました。
天(あま)つ神々(かみがみ)は占(うらな)って言(い)いました。
「神(かみ)は去(さ)ったのだ。仕方(しかた)がない。
鎮(しず)めの儀式(ぎしき)を行(おこな)え。」
そのとき唱(とな)える言葉(ことば)は、
「おきく おきく くるこ くるこ
ひれこ ひれこ」
と唱(とな)えながら、
左手(ひだりて)と右手(みぎて)を振(ふ)るのです。
そして、
「迦具土(かぐつち)は剣(つるぎ)の刃(は)で清(きよ)め、
手(て)で祓(はら)え。」
と命(めい)じられました。
(4)原文(解読文)
【先(さき)に伊(い)邪(ざ)那(な)美(み)の命(みこ)ハ(と)火(ほ)の神(かみ)を生(う)みま
せるからに御(み)陰(ほど)焼(や)かえて御(み)身(み)悩(なや)みたまイ
ます時(とき)に伊(い)邪(ざ)那(な)岐(ぎ)の命(みこ)に(と)告(の)りたまイつら
く[夜(よる)ハ七(なな)ぬ晝(ひる)ハ七(なな)ぬ離(が)り]※2 吾(あれ)をな
見(み)たまイそ吾(あ)が汝(な)夫(せ)の命(みこ)と(と)申(まを)したまイき
この七(なな)ぬ離(が)りにも足(た)らずてその隠(かく)り
ますことを奇(あや)しとて見(み)そなわす時(とき)に伊(い)
邪(ざ)那(な)美(み)の命(みこ)ハ(と)火(ほ)の神(かみ)を生(う)みませる故(から)に
御(み)陰(つび)※3 焼(や)かエ脹(ぶく)らに熱(あつ)かイ悩(なや)ましたまイき
ここに伊(い)邪(ざ)那(な)美(み)の命(みこ)(と)申(まを)したまイつらく
吾(あ)が汝(な)夫(せ)の命(みこ)の(と)吾(あ)をな見(み)たまイそと申(まを)
すを吾(あ)を御(み)阿(あ)波(わ)多(た)志(し)※5 たまイつと申(まを)して吾(あ)
が汝(な)夫(せ)の命(みこ)ハ(と)現(うつ)し事(ごと)を知(し)らせ吾(あ)ハ隠(かく)り
に罷(まか)ると申(まを)して黄(よ)泉(も)津(づ)比(ひ)良(ら)坂(さか)※4 に至(いた)りまし
て思(おも)ほしたまイき吾(あ)が汝(な)夫(せ)の命(みこ)の(と)現(うつ)し
事(ごと)知(し)ろしめすに心(ころ)悪(あ)しき子(こ)を生(う)み置(お)きて
来(き)ぬと告(の)りたまイて帰(かゑ)りまして更(さら)に
御(み)子(こ)を生(う)みたまウ[御(み)名(な)ハ水(みづ)放(まり)姫(ひめ)の神(かみ)
次(つぎ)丹(に)生(ウ)津(づ)姫(ひめ)の神(かみ)次(つぎ)に天(あめ)之(の)吉(よさ)葛(つら)の神(かみ)
次(つぎ)に国(くに)之(の)吉(よさ)葛(つら)の神(かみ)次(つぎ)に川(かわ)那(な)芸(ぎ)の神(かみ)
次(つぎ)に川(かわ)那(な)美(み)の神(かみ)]※6
【ここに伊(い)邪(ざ)那(な)岐(ぎ)の命(みこ)(と)告(の)りたまイつらく
愛(うつ)くしき吾(あ)が汝(な)妹(にも)の命(みこ)ヤ(と)子(こ)の一(ひと)つけ※8 に
代(か)エつるかもと告(の)りたまイて[御(み)枕(まく)辺(らべ)
に腹(はら)這(ば)イ御(み)後(あと)辺(べ)に腹(はら)這(ば)ゐて]※9 泣(な)きたま
ウ時(とき)に御(み)涙(なみ)に(だ)成(な)りませる神(かみ)の御(み)名(な)ハ
泣(なき)沢(さわ)之(の)女(め)の命(みこ)(と)
ここに伊(い)邪(ざ)那(な)岐(ぎ)の命(みこ)(と)御(み)佩(は)かせる十(と)拳(つか)
剣(つる)を抜(ぬ)かしてその御(み)子(こ)迦(か)具(く)土(つち)の命(みこ)の(と)御(み)頸(くび)
御(みか)躯(ら)を三(み)段(きだ)※10 に斬(き)り棄(う)てましましき故(かれ)
御(み)刀(はか)の前(さき)に著(つ)ける血(ち)走(たば)りして湯(ゆ)津(づ)石(いわ)村(むら)と
なり斬(き)りたまゑる御(み)刀(はか)の名(な)ハ天(あめ)之(の)尾(お)羽(は)
張(ばり)といイまたの名(な)ハ伊(い)都(づ)之(の)尾(を)羽(は)張(ばり)といウ※7 】
ここに伊(い)邪(ざ)那(な)岐(ぎ)の命(みこ)(と)高(たか)天(ま)之(の)原(はら)に天(あ)昇(ほ)し
なして天(あま)津(つ)大(おお)御(み)神(かみ)に伊(い)邪(ざ)那(な)美(み)の命(みこ)の(と)
神(かむ)避(さ)りましし状(さま)また迦(か)具(く)土(つち)の命(みこ)を(と)斬(き)り
たまイし状(さま)を審(つぶ)さに告(の)り挙(あ)げたまエば
天(あま)津(つ)大(おお)神(かみ)諸(もろ)々(もろ)の詔(みこ)以(とも)ちて太(ふと)占(まに)に占(うら)えて
告(の)りたまイつらく神(かみ)避(さ)りき然(さ)り由(よし)無(な)し
宜(う)べ息(い)呼(よ)ぶせ※11 成(な)せと告(の)りたまイき
此(こ)よ息(い)呼(よ)ぶせなさむにハ
【おきくおきくくるこくるこ
ひれこひれこ】※12
と左(ひだ)手(りて)振(ふ)き振(ふ)り右(みぎ)手(りて)振(ふ)き振(ふ)れ訓(ころ)伝(づ)て※13
なして阿(あ)波(ば)岐(き)吾(あ)屋(や)木(き)※14 に迦(か)具(く)土(つち)ハ剣(つる)刃(ぎば)
祓(はら)ゑて手(て)以(も)て修(を)せ※15 と告(の)りたまイき
(5)語句注釈
※1さきにいざなみのみことはほのかみを→つぎにかわなみのかみ:
さきにいざなみのみことはほのかみを→つぎにかわなみのかみ
この箇所のイザナミのカグツチ出産(しゅっさん)と黄泉(よみ)下りの伝説(でんせつ)は古事記(こじき)と祝詞(のりと)鎮火祭(ちんかさい)の記事(きじ)に一致(いっち)し、古史成文(こしせいぶん)11段(だん)が掲(かか)げる記事の訓(よみ)に極(きわ)めて近(ちか)い。
※2よるハななぬひるハななぬがり:
よるハななぬひるハななぬがり
この1節(せつ)は祝詞(のりと)鎮火祭(ちんかさい)に「夜七夜晝七日」と記(しる)され「よはななよひはなぬか」と訓(よ)まれている。「ぬ」は上記(じょうき)独特(どくとく)の語彙(ごい)で「〜まで」の意味(いみ)の到達(とうたつ)の間接目的助詞(かんせつもくてきじょし)「に」に同じ、「がり」は「離(か)り」で「夜は七夜まで昼は七日まで離れて」の意味か「がり」の「り」はたけるたけろ(建(たける))、かいべら(甲斐弁羅(かいべら))、ねろ(嶺呂(ねろ))等(など)のるろらに同じラ行(らぎょう)補助接尾語(ほじょせつびご)で「ななぬがり」はなぬかに同じか。
※3つび :
つび
記紀(きき)にこの語は無い。日本霊異記(にほんりょういき)、倭名抄(わみょうしょう)にある。女陰(じょいん)のことで「つぼ」(壺(つぼ))につながる。
※4ここにいざなみのみことまをしたまイつらくあがなせのみことの→つぎにかわなぎのかみつぎにかわなみのかみ:
ここにいざなみのみことまをしたまイつらくあがなせのみことの→つぎにかわなぎのかみつぎにかわなみのかみ
内容(ないよう)、文脈(ぶんみゃく)、地(じ)の文(ぶん)、対応文節(たいおうぶんせつ)、対応語句(たいおうごく)及(およ)びそれらの訓(よみ)に於(お)いて古史成文(こしせいぶん)12段(だん)に近似(きんじ)してはいるが、「うつしごとをしらせ」(上紀(じょうき))←→「うはつくにをしろしめすべし」(成文(せいぶん))、「あハかくりにまかる」(上紀)←→「あはしたつくにをしらさむとまをしてまたいはかくりたまひて」(成文)、「よもづひらさか」(上紀)←→「よみつひらさか」(成文)、「あまのよさつらのかみつぎにくにのよさつらのかみつぎにかわなぎのかみつぎにかわなみのかみ」(上紀)←→「あまのよさづらかわな」(成文)など、語句(ごく)と訓(よみ)の著(いちじる)しい相違(そうい)がある。また「かはな」(川菜(かわな))から「かわなぎ・かわなみ」の語を作(つく)っているのは上紀(じょうき)編者(へんじゃ)の創作(そうさく)である。この部分の記事については古史成文(こしせいぶん)と上紀との間(あいだ)にいずれか一方(いっぽう)から他方(たほう)への出自関係(しゅつじかんけい)を安易(あんい)に設定(せってい)はできない。
※5あわたし
あわたし
祝詞(のりと)鎮火祭(ちんかさい)に「阿波多志(あわたし)」と書く。意味(いみ)にあなどる、おどろかす等(など)諸説(しょせつ)あるが、「あわてる」(慌(あわ)てる)につながる語で「慌てさせる」ではないか。
※6なハみづまりひめのかみ→かわなみのかみ:
みなハみづまりひめのかみ→かわなみのかみ
ここに見えるイザナミの出産児(しゅっさんじ)の名前は諸伝(しょでん)で相違(そうい)がある。日本書紀(にほんしょき)1書(いっしょ)22は「水神罔象女(みづかみみづはのめ)」、「土神埴山姫(つちのかみはにやまひめ)」、「天吉葛(あまのよさづら)」であり、祝詞(のりと)鎮火祭(ちんかさい)では「水神」、「匏(ひさご)」、「埴山姫」、「川菜(かわな)」である。上紀(じょうき)の「みづまりひめ」は書紀(しょき)1書23でイザナミがゆまり(尿放(ゆまり)り)した時(とき)に生(う)まれたとする水神(すいしん)ミヅハノメと意味(いみ)、音(おと)に於(お)いても似(に)ている。ニウヅヒメは古史徴(こしちょう)が丹生都比売(にうつひめ)1名(いちめい)埴夜須毘売(はにやすびめ)とする。ヨサヅラは吉葛(よさづら)で匏(ひさご)のこと。カワナギカワナミが川菜(かわな)に当(あ)たる。以上(いじょう)から上紀の伝説は祝詞の伝説と重(かさ)なり合(あ)う。
※7ここにいざなぎのみことのりたまイつらくうつくしきあがなにものみことヤ→またのなハいづのおはばりといウ:
ここにいざなぎのみことのりたまイつらくうつくしきあがなにものみことヤ→またのなハいづのおはばりといウ
この箇所(かしょ)のイザナギのカグツチ斬殺(ざんさつ)伝説は祝詞には無く、古事記(こじき)及(およ)び書紀(しょき)1書25と重(かさ)なる部分(ぶぶん)を持(も)つ。ここの1節は対応(たいおう)する宣長訓(のりながよみ)と酷似(こくじ)するが、カグツチを斬(き)った剣(つるぎ)に着(つ)いた血(ち)から生(う)まれた神々(かみがみ)の名(な)が古事記、1書25に比(くら)べて極(きわ)めて少(すく)ない。古史成文(こしせいぶん)は宣長訓に依拠(いきょ)していて宣長訓から一部(いちぶ)削除(さくじょ)した部分を除(のぞ)いて殆(ほとん)ど一致(いっち)。
※8このひとつけ:
このひとつけ
古事記(こじき)は「子之一木」、書紀(しょき)は「一児」と書く。集成古事記(しゅうせいこじき)によれば訓(よみ)を伴(ともな)う各種(かくしゅ)の内(うち)、5種(しゅ)が「このひとつき」、延佳本(えんかぼん)が「このひとつげ」、訂正古訓古事記校訂古事記(ていせいこくんこじきこうていこじき)が「このひとつけ」、真淵仮名本(まぶちかなぼん)が「このひとき」。「ひとつけ」の「け」は「日(ひ)に異(け)に」(ひにけに)のけに当(あ)たる固体単位(こたい たんい)を意味(いみ)する語で、「けぢめ」(区別(くべつ))、「わかつ」(分(わ)かつ)等の「けち」「かつ」の語根(ごこん)と考(かんが)えられる。上紀に現(あらわ)れる三(み)か日(ひ)、八(や)か日(ひ)などの「か」も同じであろう。
※9みまくらべにはらばイみあとべにはらばイて "みまくらべにはらばイみあとべにはらばイて:
この1句(く)は古事記(こじき)に有(あ)るが古史成文(こしせいぶん)では削除(さくじょ)されている。
※10みきだ:
みきだ
「三段(さんだん)」。古事記にはこの語彙(ごい)は無い。1書(いっしょ)25が「三段」と書く。"
※11いよぶせ:
いよぶせ
上紀(じょうき)の特異語(とくいご)の1つ。オオナムチは兄神(けいしん)八十神(やそがみ)の迫害(はくがい)を受(う)けて火傷(やけど)を負(お)いキサガイヒメウムガイヒメの薬方(くすりかた)で救(すく)われる。この時(とき)のことを古事記は、キサガイヒメウムガイヒメを遣(つか)わして「令作活(いかさしむ)」と書く。宣長訓(のりながよみ)はこれを「つくりいかさしめたまふ」と訓(よ)み、真淵(まぶち)は「活(い)くるわざさせたまう」と訓む。上紀は「いよぶせ」なさせたと語(かた)り蘇生術(そせいじゅつ)のことを言(い)っている。眞淵の「活くるわざ」が「いよぶせ」であり蘇生術である。いよぶせの「い」は「いのち」(生命(せいめい))、「いき」(息(いき))の「い」と考(かんが)えられる。「よぶ」は呼(よ)び戻(もど)すの「呼ぶ」。「せ」は不詳(ふしょう)だが、敢(あ)えて言えば、方法術(ほうほうじゅつ)などを意味した語か、それとも呼吸風(こきゅうふう)を意味する語か。
※12おきく→ひれこ:
おきく→ひれこ
呪文(じゅもん)。前項(ぜんこう)のオオナムチの蘇生(そせい)のところで、上紀は「いよぶせまじこり」と言い何(なん)らかのまじこり(呪文)の存在(そんざい)を示唆(しさ)する。直(す)ぐあとにあるように、手(て)を振(ふ)って生命(せいめい)を再生(さいせい)再来(さいらい)させる意味合(いみあ)いの呪文と言えようか。
※13ころづて:
ころづて
上紀の特異語(とくいご)の1つの「こりづて」(訓(よ)り伝(つ)て)と同じであろう。後出(こうしゅつ)。
※14あばきあやき:
あばきあやき
「あはき」(檍(あはき)植物名(しょくぶつめい))につながる語彙(ごい)か。あはきは青葉木(あおばぎ)の略(りゃく)で橿(かし)のこととする説(せつ)がある(時代別国語大辞典(じだいべつこくごだいじてん))。ところで日本書紀(にほんしょき)にはイザナギイザナミに先立(さきだ)つ始原神(しげんしん)の群(む)れの中(なか)に「青橿城根(あをかしきね)」、「吾屋橿城(あやかしき)旧亊紀(きゅうじき)はあやかしきねとする」の2神(にしん)を挙(あ)げるが、橿に関係(かんけい)する神格名(しんかくめい)ではなかろうか。アバキアヤキは檍橿(あはぎ・かし)のことを言った名前ではないか。因(ちな)みに黄泉(よみ)から帰還(きかん)したイザナギは筑紫(つくし)の檍原(あはぎはら)で身(み)を清(きよ)める禊(みそぎ)をする。檍橿は忌事(いみごと)、呪事(じゅごと)などに用(もち)いられる樹木(じゅもく)としてカグツチの再生(さいせい)に登場(とうじょう)しているのではなかろうか。
※15をせ:
をせ
「をす」の命令形(めいれいけい)。普通(ふつう)古語(こご)では、食(た)べる、飲(の)む、着(き)る、治(おさ)めるの尊敬語(そんけいご)だが、上紀ではこれに加(くわ)えて「為(な)す」「修(おさ)める」「いらっしゃる」などにも用(もち)いられ、普通古語「おわす」「わす」、琉球方言(りゅうきゅうほうげん)「〜わちへ」(わせ)とつながる。

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