post263:第1綴 第2章 二神の結婚

『解読 上紀』 田中勝也

第1綴 第2章 二神の結婚

(1)背景説明

この章は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)が、試行錯誤を重ねながら、正しい形で国生みを始めるまでを描いた話です。

(2)平易訳

二神の結婚(ふたかみのけっこん)


伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と

伊邪那美命(いざなみのみこと)の二柱(にはしら)の神は、

天(あま)から地上の島へ降り立ちました。

そこで二神は、

天之御柱(あめのみはしら)という柱を立て、

八尋殿(やひろどの)という大きな御殿(ごでん)を建てました。

その御殿の中で、

伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は、

妹(いもうと)である伊邪那美命(いざなみのみこと)に、

こうたずねました。

「あなたの体は、どのようにできていますか。」

伊邪那美命(いざなみのみこと)は、

次のように答えました。

「私の体は、ほとんどできあがっていますが、

まだうまく合っていないところが一つあります。」

すると伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は言いました。

「私の体も、ほとんどできていますが、

余っているところが一つあります。

それなら、私の余っているところで、

あなたの足りないところをふさいで、

国(くに)や人々(ひとびと)、

さまざまなものを生み出していこうと思いますが、

どうでしょうか。」

伊邪那美命(いざなみのみこと)は、

「それでよいでしょう。」

と答えました。

そこで伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は、

次のように提案しました。

「それでは、私とあなたで、

この天之御柱(あめのみはしら)を回り、

出会ったところで結ばれましょう。

あなたは右回りに、

私は左回りに回りましょう。」

二神は約束どおり柱を回りました。

出会ったとき、伊邪那美命(いざなみのみこと)が先に、

「まあ、なんてすてきな男の方でしょう。」

と言いました。

その後で伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は、

「まあ、なんて美しい乙女でしょう。」

と言いました。

こうして言葉を交わしてから二神は結ばれましたが、

伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は、

心の中で、

「女のほうが先に言葉を言ったのは、

よくなかったのではないか。」

と思いました。

その結果、生まれた子は、

蛭子(ひるこ)でした。

しかし、この子は形はあったものの、

うまく育たず、泣くこともできませんでした。

そのため、葦(あし)の舟に入れられ、

海へ流されました。

次に淡島(あわしま)が生まれましたが、

この島も、正しい子としては数えられませんでした。

そこで二神は話し合い、

「生まれた子がうまくいかないのはおかしい。

天の神々にたずねてみよう。」

と言って、天へ昇りました。

天の神々(天津神・あまつかみ)は占いを行い、

こう告げました。

「女が先に言葉を言ったことがよくなかった。

もう一度、地上へ戻って、やり直しなさい。」

二神は再び地上へ降り、

もう一度、天之御柱(あめのみはしら)を回りました。

今度は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が先に、

「まあ、なんて美しい乙女でしょう。」

と言い、

その後で伊邪那美命(いざなみのみこと)が、

「まあ、なんてすてきな男の方でしょう。」

と言いました。

このようにして、

今度は正しい形で、


(3)逐意訳(現代語訳)

二柱(にはしら)の神(かみ)は、その島(しま)に天(あま)から降(お)り立(た)ち、

天(あめ)の御柱(みはしら)を立(た)て、

八尋殿(やひろどの)という大(おお)きな御殿(ごでん)を建(た)てました。


その中(なか)で伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は、

妹(いもうと)である伊邪那美命(いざなみのみこと)に、


「あなたの体(からだ)は、どのようにできていますか」


と尋(たず)ねました。

伊邪那美命(いざなみのみこと)は、


「私(わたし)の体(からだ)は、ほとんどできあがっていますが、

まだうまく合(あ)っていない所(ところ)が一(ひと)つあります」


と答(こた)えました。


そこで伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は言(い)いました。


「私(わたし)の体(からだ)はほとんどできていて、

余(あま)っている所(ところ)が一(ひと)つあります。

だから私(わたし)の余(あま)っている所(ところ)で、

あなたの足(た)りない所(ところ)をふさいで、

国土(くに)や人々(ひとびと)、

さまざまな万物(ばんぶつ)を生(う)み出(だ)そうと思(おも)いますが、どうでしょうか」


伊邪那美命(いざなみのみこと)は、


「それでよいでしょう」


と答(こた)えました。


そこで伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は手(て)を打(う)って言(い)いました。


「それでは、私(わたし)とあなたは

この天(あめ)の御柱(みはしら)を回(まわ)り、

出会(であ)った所(ところ)で交(まじ)わりましょう。

あなたは右回(みぎまわ)りに、

私(わたし)は左回(ひだりまわ)りに回(まわ)りましょう」


二柱(にはしら)の神(かみ)は約束(やくそく)どおり御柱(みはしら)を回(まわ)りました。

出会(であ)ったとき、伊邪那美命(いざなみのみこと)が先(さき)に、


「まあ、なんてすてきな男(おとこ)の方(かた)でしょう」


と言(い)い、

その後(あと)で伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が、


「まあ、なんて美(うつく)しい乙女(おとめ)でしょう」


と言(い)いました。


こうして言葉(ことば)を交(か)わしてから二柱(にはしら)は交(まじ)わりましたが、

伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は、


「女(おんな)の方(ほう)が先(さき)に言葉(ことば)を言(い)ったのはよくなかった」


と思(おも)いました。


それでもそのまま交(まじ)わった結果(けっか)、

生(う)まれた子(こ)は蛭子(ひるこ)でした。

しかしこの子(こ)は形(かたち)はありましたが、うまく育(そだ)たず、

泣(な)くこともできなかったので、

葦(あし)の舟(ふね)に入(い)れて海(うみ)に流(なが)しました。


次(つぎ)に淡島(あわしま)が生(う)まれましたが、

これも正(ただ)しい子(こ)としては数(かぞ)えられませんでした。


そこで二柱(にはしら)の神(かみ)は話(はな)し合(あ)い、


「今(いま)生(う)まれた子(こ)がよくなかったのはおかしい。

天(あま)の神々(かみがみ)におうかがいしよう」


と言(い)って天(あま)に昇(のぼ)り、天津神(あまつかみ)の神託(しんたく)を受(う)けました。


神々(かみがみ)は占(うらな)ってこう告(つ)げました。


「女(おんな)が先(さき)に言葉(ことば)を言(い)ったことが悪(わる)かった。

もう一度(いちど)地上(ちじょう)に戻(もど)り、やり直(なお)しなさい」


そこで二柱(にはしら)は再(ふたた)び地上(ちじょう)へ降(お)り、

もう一度(いちど)、天(あめ)の御柱(みはしら)を回(まわ)りました。


今度(こんど)は伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が先(さき)に、


「まあ、なんて美(うつく)しい乙女(おとめ)でしょう」


と言(い)い、

その後(あと)で伊邪那美命(いざなみのみこと)が、


「まあ、なんてすてきな男(おとこ)の方(かた)でしょう」


と言(い)いました。


この後(のち)、正(ただ)しいかたちで国(くに)と神々(かみがみ)が生(う)まれていくことになります。

(4)原文(解読文)

その島(しま)に天(あ)降(も)りまして天(あめ)之(の)御(み)柱(はし)を(ら)御(み)立(た)て※1

八(や)尋(ひろ)殿(どの)を御(み)立(た)ててこれの戸(と)

内(ぬち)※2にその妹(いも)伊(い)邪(ざ)那(な)美(み)の命(みこ)に(と)汝(な)が身(み)ハ

如(いか)何に成(な)れるやと問(と)イたまエば吾(あ)が

身(み)ハ成(な)り成(な)りて成(な)り合(あ)わざる処(とこ)(ろ)一(ひと)処(とこ)あ(ろ)

りと申(まを)す伊(い)邪(ざ)那(な)岐(ぎ)の命(みこ)(と)告(の)りたまイつ

らく吾(あ)が身(み)ハ成(な)り成(な)りて成(な)り餘(あま)れる

処(とこ)(ろ)一(ひと)処(とこ)あ(ろ)り故(かれ)これの吾(あ)が身(み)の成(な)り

餘(あま)れる処(とこ)以(ろも)て汝(な)が身(み)の成(な)り合(あわ)わざる処(とこ)

を(ろ)刺(さ)し塞(ふた)ぎて国(くに)土(つち)青(あお)人(ひと)草(くさ)厳(いけ)物(もの)※3 和(なけ)物(もの)※4

八(や)百(もも)萬(よろ)の(づ)物(もの)を[産(う)み成(な)さにと思(おも)ほエ侍(は)り(にふ)

ぬ]※5※6※7 如(い)何(か)にヤもと告(の)りたまゑば伊(い)

邪(ざ)那(な)美(み)の命(みこ)(と)然(しか)良(よ)けに※8と申(まを)したまイき


ここに伊(い)邪(ざ)那(な)岐(ぎ)の命(みこ)(と)御(み)手(て)を拍(う)たして然(しか)

あらば吾(あ)と汝(な)とこれの天(あめ)之(の)御(み)柱(はし)を(ら)

往(い)き廻(めぐ)り逢(あ)イて御(み)処(と)の目(ま)交(ぐば)ゐせな※9と告(の)

りたまゐき


此(か)く言(いイ)期(ちぎ)りて汝(な)ハ右(みぎ)りゆ※10

廻(めぐ)り逢(あ)ゑ吾(あ)ハ左(ひた)ゆ(り)廻(めぐ)り逢(あ)わにと

告(の)りたまゐ期(ちぎ)り了(を)エて廻(めぐ)ります時(とき)に伊(い)

邪(ざ)那(な)美(み)の命(みこ)(と)秀(ほ)※11に美(あな)哉(にや)(し)美(うま)し好(え)少(をと)男(こ)を

と告(の)りたまイき


後(のち)に伊(い)邪(ざ)那(な)岐(ぎ)の命(みこ)(と)

秀(ほ)に美(あな)哉(にや)(し)美(うま)し好(えを)少(とめ)女をと告(の)りたま

イき


各(おの)も各(おの)も告(の)りたまイ了(を)エて後(のち)にその

妹(いも)に女(をみ)の(な)言(こと)先(さき)立(だ)ちて良(ふさ)わずと告(の)り

たまイき


【然(さ)ばかれども※12 隠(くみ)所(ど)に起(お)こして

御(み)合(あ)イます時(とき)にその術(わざ)を知(し)ろしめさず

ここに鶺(にわ)鴒(くな)飛(ぶり)び(と)来(き)てその首(かし)尾(らを)を動(う)ぐ

めきし※13動(う)ごかす二(ふた)柱(はし)の(ら)神(かみ)見(み)そなわして

そを学(まね)び交(や)合(つぎ)※14の状(さま)を知(し)りたまイて御(み)

子(こ)蛭(ひる)子(こ)を生(う)みたまイき】※12


これの御(み)子(こ)は

形(かた)成(ちな)せども御(み)泣(ね)※15まさずからに葦(あし)船(ぶね)※16に入(に)れ※17

て流(なが)し去(す)てつ


次(つぎ)に淡(あわ)島(しま)を生(う)みたまイきこも御(み)子(こ)の数(かず)

に入(に)らず


【ここに二(ふた)柱(はし)の(ら)神(かみ)議(はか)りたまイつらく今(いま)

吾(あ)が生(う)めりし御(み)子(こ)良(ふさ)わず猶(なを)天(あま)津(つ)神(かみ)の

御(み)許(もと)に称(たた)エ言(こと)申(まを)さなと告(の)りたまイて

直(たた)ちに共(とも)に天(あ)昇(ほ)し※19たまゐて天(あま)津(つ)神(かみ)の

詔(みこ)を(と)請(こ)イたまイき】※18


ここに天(あま)津(つ)神(かみ)の詔(みこ)以(とも)ちて太(ふと)占(まに)に占(うら)ゑ

まして告(の)りたまイつらく女(をみ)を(な)言(こと)先(さき)立(た)ち

しに因(よ)りて良(ふさ)わずまた還(かゑ)り降(くだ)りて改(あら)(た)

め言(いゑ)と告(の)りたまイき


故(かれ)直(たた)ちに還(かゑ)り

降(くだ)りまして更(さら)に彼(か)の天(あめ)の御(み)柱(はし)(ら)

を先(さき)の如(ごと)諸(もろ)共(とも)に御(み)手(て)を拍(う)たして往(い)き

廻(めぐ)りき


ここに伊(い)邪(ざ)那(な)岐(ぎ)の命(みこ)(と)先(ま)づ秀(ほ)に

美(あな)哉(にや)(し)美(うま)し好(えを)少(とめ)女をと告(の)りたまイ


後(のち)

に妹(いも)伊(い)邪(ざ)那(な)美(み)の命(みこ)(と)秀(ほ)に美(あな)哉(にや)(し)美(うま)し

好(えを)少(とこ)男をと告(の)りたまイき

(5)語句注釈

※1 みたて:

みたて

古事記(こじき)は「見立(みたて)」と書(か)くが、「み」は「御娶(みあ)う」「御食(みお)す」などの「み(御)」で、尊敬の接頭語である。


※2 とぬち:

とぬち

「国内」を「くにうち」→「くぬち」と約転するのと同様に、「とのうち」→「とぬち(戸内)」と理解するのが一般である。しかし眞淵(まぶち)は、「そらのち(空中)」「しほのち(潮中)」などと解している。このことから、「ち」を「内(うち)」の語根そのものとして「の(=之)+ち(=内)」と読むか、あるいは「のち」を「内」そのものを意味する単語と捉えるか、いずれとも考えられる。「ぬち」は、眞淵(まぶち)のいうこの「のち」に同じである。


※3 いけもの:

いけもの

(語義は※4と対で理解される)


※4 なけもの:

なけもの

「いけ」は「いかつ」「いかめし」などの「いか(厳(いか))」に通じる。「なけ」は「にこもの(柔物(にこもの))」「なごやか(和(なご)やか)」「にこにこ」などの「にこ」「なご」に連なる語彙である。対置関係から、「厳物(いけもの)」「和物(なけもの)」と解される。


※5 うみなさにとおもほエはにふりぬ:

うみなさにとおもほエはにふりぬ

この一句については、『古史成文(こしせいぶん)』六段に「くにつちをうみなさむとおもふ」という読訓があり、これと対応している。篤胤(あつたね)は『古史徴(こしちょう)』の中で、「古事記(こじき)此の所の文、真福寺(しんぷくじ)の元本に以為生成国土(いをもってせいせいこくどとなす)とあり」と記し、「以為生成(いをもってせいせいとなす)」を「うみなさむとおもふ」と訓んでいる。さらに「以為生成」が正しいにもかかわらず、真福寺本(しんぷくじぼん)の古訓本(こくんぼん)に「以」の字を欠く本があることについて、「これは脱漏したもので、以の字を補うべきだ」と述べている。これにより、篤胤(あつたね)の時代にすでに読訓の施された古訓古事記(こくんこじき)が存在していたことが分かる。なお、『諸本集成古事記(しょほんしゅうせいこじき)』に収められる真福寺本(しんぷくじぼん)や、桜楓社刊『国宝真福寺本古事記(こくほうしんぷくじぼんこじき)』などは読訓を欠いている。


※6 に:

上紀(じょうき)では全体を通じて、意思・推量・未来の助動詞「む」を原則として「に」とする。『古事記伝(こじきでん)』は、『古事記(こじき)』中巻の忍熊王(おしくまおう)、日本書紀(にほんしょき)の祟神紀(すじんき)・神功紀(じんぐうき)の歌謡を引き、「む」の古言を「な」とすると述べる。「な」と「に」は音韻上通じ合う。一方で、「む」が「に」に音韻転化したと考えることもできる。「に」は後に「ん」に音便化するが、仮名遣いの古体には「ん」がなく、「に」で表される。たとえば『万葉集(まんようしゅう)』では「挽歌」に「ばにか」とルビを振る伝本があり、琉球おもろでは「天」に「てに」とルビを振る。


※7 はにふりぬ:

はにふりぬ

上紀(じょうき)の特異語の一つである。「はにふる」は、普通古語の「はんべる」と同じである。


※8 しかよけに:

しかよけに

古事記(こじき)は「然善(しかよし)」と書く。集成古事記諸本(しゅうせいこじきしょほん)の訓は「しかりよし」。真淵仮名書古事記(まぶちかながきこじき)が「うべなり」。宣長訓(のりながくん)、校訂古事記(こうていこじき)が「しかよけむ」。日本書紀(にほんしょき)は「云爾(しかいふ)」と書いて「しかいふ」と訓む。古史成文(こしせいぶん)は「しかえけむ」で「良(よ)」の訓に「え」を与えて古語を残している。


※9 せな:

せな

「な」は既出古事記伝(こじきでん)の意思の助動詞「な」で、上紀(じょうき)「に」、普通古語「む」に同じ。


※10 みぎりゆ:

みぎりゆ

古事記宣長訓(こじきのりながくん)は「みぎりより」。真淵訓(まぶちくん)は「みぎりゆ」で上記に同じ。日本書紀(にほんしょき)一書十(いっしょじゅう)に「いろとはひだりよりめぐれあれはまさにみぎりよりめぐらん」とあり趣旨は正反対だが、一方日本書紀本文には「をがみはひだりよりめぐりめかみはみきりよりめぐる」として古事記(こじき)と同趣旨。古史成文(こしせいぶん)は一書十を採って「ひだりより」とする。


※11 ほに:

ほに

すぐれている、まことになどの意味から古語「ほ(秀(ほ))」に当てる。他書にこの語は無い。


※12 さばかれどもくみどにおこしてみあイますときに→みこひるこをうみたまイき:

さばかれどもくみどにおこしてみあイますときに→みこひるこをうみたまイき

ここに見える鶺鴒(にわくな)伝説は古事記(こじき)には無く日本書紀(にほんしょき)一書十四(いっしょじゅうよん)にだけ見え、古史成文(こしせいぶん)の文節に殆ど一致している。古史徴(こしちょう)は六段で一書十四の本文とその訓を引き、これをベースに記事を作ったと記している。


※12(別項) さばかれども:

さばかれども

古事記(こじき)に「雖然(しかれども)」と書いて「しかれども」と訓む。或いは「さはかり(然図(しかはか)り)」の已然形で意味は「そのように慮れども」か。なを古語「さばかる」があるが古来意味不詳とされる(時代別国語大辞典)。


※13 うぐめきし:

うぐめきし

「うごめかし」に同じ。


※14 やつぎ:

やつぎ

一書十四は「交道(とつぎのみち)」と書き「とつぎのみち」と訓む。上紀文字(じょうきもじ)「や」は「と」に似るので誤記か。


※15 みねまさず:

みねまさず

「ね」は「ねを泣く」の「ね」(泣・鳴・音)。これに対応する語句は書紀(しょき)一書二十一(いっしょにじゅういち)「脚尚不立(あしなをたたず)」。


※16 あしぶね:

あしぶね

蛭子(ひるこ)を流し放つ船は書紀(しょき)本文、一書二十一とも「磐豫樟船(いわよくすぶね)」であり、古事記(こじき)、書紀一書十だけが「葦船(あしぶね)」とする。


※17 にれ:

にれ

上紀(じょうき)では「いる(入(い)る)」を原則として「にる」とする。「うち(内)」を「ぬち」、「おく(奥)」を「のく」とするのと同じ。古事記(こじき)は「千入(ちのり)」と書いて「ちのり」と訓み、釈日本紀(しゃくにほんぎ)はこれに関連して「入を訓みて能梨(のり)と云う」の私記の一節を引く。これは「にる」が入るに同じであることを示す。但し古事記久米歌(くめうた)の一節「岐伊理袁理(きいりをり)」を記伝(きでん)は「来入り居り」と解読して「入る」の古言が「いる」でもあることを証明する。以上、朝鮮語で「任(にん)」が「いむ」に、「李(り)」が「い」に転じたのと同様、倭語に於けるN子音脱落を推定させる。


※18 ここにふたはしらのかみはかりたまイつらくいまあがうめりしみこふさわず→さどのしまをうみたまウなハふたごしまといウ:

ここにふたはしらのかみはかりたまイつらくいまあがうめりしみこふさわず→さどのしまをうみたまウなハふたごしまといウ

二神(ふたかみ)の国生み物語で古事記(こじき)に見える四国九州地方及びその周辺の島嶼の誕生を語る。この部分の上紀記事(じょうききじ)は特異な語彙、挿入事項を除いて宣長訓(のりながくん)、古史成文(こしせいぶん)と極めて重なり合う。ここに現れている佐渡(さど)以降、更に中国地方、畿内、東国、北国、北海道へと上紀の国土記事は日本列島全域に広がる。記紀(きき)や国造本紀(くにのみやつこのほんぎ)に見える古代日本の地誌地名とは異質である。


※19 あほし:

あほし

天(あま)に昇ること。古事記(こじき)は「参上(さんじょう)」と書き、前田本(まえだぼん)、寛永本(かんえいぼん)、延佳本(えんかぼん)は「まふのぼりて」、宣長訓(のりながくん)、校訂古事記(こうていこじき)、真淵仮名書古事記(まぶちかながきこじき)は「まゐのぼり」。「あほし」は「あもる(天降(あも)る)」と同様に「天昇(あまのぼ)し」と書く。古語拾遺(こごしゅうい)は囃し詞「あはれ」を「言うこころはあまはれなり」とし、神皇正統記(じんのうしょうとうき)も「天のあきらかなるなり」と説明し、「あ」が天であることを示唆する。「ほす」が「昇る」で、「のぼる」も語根は「ほる」「ほす」か。但し「あ」は発語の接頭語とも考えられる。沖縄のおもろで天上の神の所在するところを「おぼつ」と言う。これは「あぼす」に繋がらないか。「ほし(星)」は天上に昇ったものという意味からほしとなったか。また朝鮮語で星をpyol(ピョル)と言うが、おぼつに繋がり得る語である。因みに岐阜県飛騨高原北部の大川宮川の支流に川上川があり「カホレ川」と訓む(吉田地名辞書)。「カ」が川、「ホレ」が「上」に当たる。ホレは上るの古体「ほる」の活用であろう。



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