post20:発言:0015 (COA00004/tooru )  1997/04/28 18:39 1059回 タイトル:難しい話は後にして、土曜日と日曜日、全画像中継!

発言:0015 (COA00004/tooru )  1997/04/28 18:39 1059回 

タイトル:難しい話は後にして、土曜日と日曜日、全画像中継!


土曜の話です、日曜は次の発言見てね。

まずは、ブラックスバーグから空路にて ワシントン経由でノースカロライナの州都 のRaleigh(これ発音できない!)へ

 この前のジェット機より小さいジェット。

(写真)↑132

 全部で30人ぐらいの定員かな。

 片道1時間の飛行ですが、スチュワーデスさんが 一人だけ乗っててジュースとpritzeを一袋サービスしてくれた。

採算あうのか?って心配になりますが、 写真を割愛しましたが、よく見るとさっき チェックインした時の年輩の女性が荷物を 運び、かつ、エンジンがかかるのを手伝い, と、一人で何役もしている!

つまり、女性であることの特権だけでなく男性並の仕事もこなしてる感じ。

(写真)↑134

 空港についたら、同行してくれているAyakoさんを観察してると, 到着ロビーに各ホテルなどに直接話せる直通電話が用意されているんですねー。

 電話代が安いところだからかなぁ。

 しかし、この写真はなんだろう?

 そういった専用電話の横にあったのですが、音響カプラーですよ。何のデータをやりとりするんだろう?


(写真)↑135

 さて、今日泊まるところのホテルです。

 いや、ホテルじゃないな、モーテルです。

 なかなかホテルには泊まらせてもらえない。何しろ長旅だからでしょうね。

 でも、ここの専用の車が空港まで迎えに来てくれました。

 アフリカンのボーイさんが、これまた運転手、兼、ポーター兼、後で電球の球替え修理やさんとしても登場。

(写真)↑161

 The VELVET CLOAK INN という名前です。


 月曜に行く予定のノースカロライナ州立大学の隣にあって、 学生街でもあるのかな?

 でもとても静か。廻りは(アメリカはどこもかな?)緑がいっぱい。

 土曜の夜、パーティか何かあってたみたいでタキシードやドレス姿の人たちを何人か見ました。

(写真)↑162

 私はその3階の378号室。

 Ayakoさんはどっか2階だった。

 週末は互いに干渉しないようにして、月曜の朝9時に会うことで彼女とは別行動です。

 部屋の中は後で紹介しましょう。

(写真)↑136

 ということで、土曜は午後の4時頃からまったく暇になったので散歩です。

 とにかくどこに行ってよいかわからない。

 夕方近くになえばなるほど、おめかししている人たちが多くなったですが、どうやら皆さん教会に行っているようです。

 所々の教会の前に人だかり。

(写真)↑137

ここも教会。

教会へ行くための派手なバスが走ってたりしてた。

(写真)↑160

 とにかく緑が多く,普通の人の家の前にも大きな木がたくさんあるし、その木の廻りには(これこそアメリカではお馴染みの)リスがチョロチョロしてます。小鳥もだけど。

 これは望遠カメラでも欲しくなりますね、真ん中にリスがいるんだけどね。

(写真)↑139

 ここは地図では「Capital」って書いてた。

 つまり、ノースカロライナ州の州議会か州の役所なんでしょうが、何かあるのかな、 テレビのレポーターらしき人が自分でカメラを設置し一人でしゃべる練習してた。勿論電源中継車もあったけど、他は誰もいない。どこもかしこも一人何役もやるのだろうか。


(写真)↑141

 そして、そこにまた兵士の像がありました。

 本人も足のけがをハンカチで縛りつつ、負傷している仲間を抱え前進する3人。

 すごい迫力。ワシントンの朝鮮戦争の時も同じ感銘だったけど。

(写真)↑143

 ああ、そして、正面にメモリアル碑があった。

 当然のようにてっぺんには平和を象徴する像がある。  

(写真)↑147

 そして、過去の戦争が書き記されている。

 第一次大戦、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争。

 この部分はビデオにも撮ったからいずれ大分に帰ったら streamworks Cafeコアラで紹介しましょう。

 ノースカロライナから出兵し戦って死んでいった人たち、、、

(写真)↑149

第一次世界大戦。


(写真)↑144

 そして、第二次世界大戦。


(写真)↑148

 そこに、特に第二次大戦の戦いの地名が書かれてあった。


(写真)↑145

 さすれば、当然のように知った名前が出てくる。

 『沖縄』の名前も。

 ともすれば、日本側の中で被害者意識的な報道や行動が目に付くが,こういったものを見せられると,どう表現したらいいのか、、、。

 互いに戦争の被害者である、、、と、言えるようにも思えるが、アメリカ北部、特に南部に近く、日本とはさほど縁がなかった地域の人達は、第二次世界大戦をどのように見ているんだろうか、、、日本が仕掛けた戦争、、、そう思い,そこからヒロシマに対する思いの相違が出てきても不思議でないように感じてしまう。


(写真)↑146

 彼らは韓国にまで出て死んでいった、、、。

 自由陣営の擁護のために、ということで決して無視できないと思う。

 アメリカは障害者が多く、それらに優しい町づくりであるのはよくしられているけれど、こういった戦争で障害者が多くなっていることも無視できない事実。たぶん、アメリカ国民はそういったこと事、そういった人達へ素直に頭を垂れるのでしょう。

(写真)↑155

 そう思ってたら教会に行く途中らしい親子連れがやってきて、両親が娘にいろいろと説明し始めた。

 子供達もこうやって教育されていくのかな。

(写真)↑156

独立戦争や南北戦争に関しても。

(写真)↑158



 あれ、なんか戦争のはなしばっかり。

 ここで疲れてモーテルに帰りましたが,日曜の話は次の発言で。


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