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シリコンバレーとシンガポール

 

 冷戦終結による軍需産業でのハイテク企業の落ち込みで、シリコンバレーは一時期の栄光を失い活力をなくしてしまっていた。また、多くの企業が住みにくくなったシリコンバレーを捨てて、よりよい立地を求めて工場を移転させ始めていた。そこで九二年に、地元自治体や企業有志が「このままではシリコンバレーが消滅してしまう」という危機感で研究会を開いた。

 その結果、九三年七月に官民プロジェクトの非営利企業「ジョンイント・ベンチャー・シリコンバレー(JVSV)」が正式発足し、自治体、商工会、企業の代表など千人以上が参加したという。

 JVSVのCEO兼社長のベッキー・モーガン氏はインタビューに次のように応えている。

 「目的は、雇用拡大が最大目標だが、我々が手がけようとしているのは企業活動が円滑に進むような環境をつくることだ。自治体や連邦政府に情報インフラ整備への協力を求めたり、税制改正を働きかけたり中小企業の海外進出を支援させるための貿易センターづくりなどが具体的な行動だ。」

 地域内の経済は下降線をたどるばかり、悪化する生活の質、住宅価格は高く、事業の経費はかかりすぎ、学校も住民ニーズを満たしてくれない。これではいけない、その解決策を模索し実践しようと十三の主要プログラムが発表された。その一つがスマートバレー構想であり、これが非営利法人、スマートバレー公社の発足になった。会長(CEO)はHP(ヒューレットパッカード社)社長を退職して就任したジョン・ヤング氏 。州政府や州議会の支援を受けた第三セクター的、ボランティア的組織であるらしい。

 そのジョン・ヤング氏が、九三年七月、カルフォルニア公益事業委員会の公聴会で述べた話によると、パシフック・ベルはさまざまな高度通信技術を最高二年間テストアプリケーションとして自由に使わせるという「CalREN実験プロジェクト」の提案を行っているが、こういったベース的情報通信基盤を利用してのプロジェクトが次々にスマートバレー公社に集まりつつあるとのこと。

 たとえば、クパチーノ市とサンノゼ技術博物館は、市役所や学校にアクセスできる電子ネットワークを用意中。これで、授業の選択登録や教師との電子メールやりとり、建築許可の申請ができるようになるという。タンデム社、HP社、3Com社、パシフィック・ベル社、シリコン・グラフィックス社は在宅勤務ハウツーマニュアル作成中という。車の交通量を減らし労働者のストレスを大きく下げることを目指している。テレコミュニケーション社は、サニーベイル市のある中学校の全教室にケーブルで教材を届けて、あたかもビデオデッキやレーザーディスクプレイヤーが教室にあるかのような教育を可能にさせるプロジェクトを計画中だ。また、在宅診療システム、職業訓練システムなどをも模索という。

 こういった個々の利用プロジェクトの応募が、九三年七月発足時点では数十だったものが、のちの新聞記事によると九三年末には百にものぼったようだった。

 スマートバレー公社は、娯楽分野や電話サービスなどは民間企業に任せ、地域経済のために何ができるかなど、地道で生活に根付いたものを目指した活動が目的で、情報通信をうまく使って自分達の事業や活動を考え直し、より効率的な姿に変えることを考えるプロジェクトの実現を支援活動することが仕事だ、という。

 これらは既存の通信技術を利用するのがほとんどで、そう難しくなく実現できるといい、その一例としてシンガポールを紹介している。彼いわく、「シンガポールは、既存の通信技術を利用してさまざまなアプリケーションを展開し、経済のあり方を転換中。たとえば、一企業の登録にかかる時間は三十日から一日になったし、国立病院の患者受け入れは1分ですむようになった」そうだ。

 そのシンガポールの国家コンピュータ庁(NCB/National Computer Board)の面々が九三年十月にやってきた。CHIN Tahn Joo技術局長の話を聞いてみると、アメリカのNII構想はシンガポールのIT2000計画からヒントを得たものであることがよくわかってきた。

 案内してきたシンガポールのジェトロ職員田辺孝二さんの資料によると、一九九一年一月、NCBは情報テクノロジー(IT)が国家の競争力を高めるであろうことを想定し、それらにどう取り組むかを検討するIT2000委員会を設置した。二百人の国営部門役員や学術人が集まり、次の十一の部門でITを利用し効果を上げうる方策を研究した。

 ①建設業、不動産業、②教育、トレーニング産業

 ③金融サービス、④政府、⑤医療、⑥IT産業

 ⑦製造業、⑧メディア、出版情報サービス

 ⑨小売業、卸売業、販売業、⑩旅行、レジャー産業、⑪輸送業

 研究結果は部門ごとにその利用効果がまとめられ、IT2000計画として九二年四月に公表され、ゴー・チョク・トン首相の強いリーダシップで推進され始めたとのこと。

 確かにそれ以降、計画書に示唆されるとおり、貿易が国の主要事業であることからか、情報化時代には国境がなくなることを見越したシンガポール~マレーシア間の携帯無線電話の通話開始や、アジアとアメリカの貿易情報を専門的にサービスする会社の発足、また、TV放送事業のマルチメディア化への民間参入機会を増やすための放送改革、とたて続けに手が打たれている。おかげでIT産業の九三年度の伸びは前年比十二%増に上ったという。九四年はさらにのびて十二~十五%増を見込んでいるようだ。

 情報通信ですべての産業、事業所を効率化させ、シンガポールをインテリジェント島にするプログラムは確実に回り始めているようだ。



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