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韓国の憂国の士
交流はまだまだ続く。
同じく九〇年の十二月。当時、大分空港を国際空港にしようと県は韓国便の誘致に躍起になっていた。その誘致に平松知事が出かけることになり、「韓国と交流しているキミも同行するように」と指示がきた。そして誘致活動の合間をぬって、リーさんと知事、後藤会長(当時県議会議長であった)との会談が行われた。
この会談はおもしろかった。知事もリーさんも自国のコンピュータ産業をつくることに情熱を傾けてきたこともあっておおいに意気投合した。
リーさんは、KISSという韓国最大のシンクタンクにいる時、政府に「今のままでは韓国は情報産業分野で世界に大きく取り残されてしまう。百人の技術者を私に預けてください。そうすれば世界に負けないコンピュータ産業を興してみせます」といったがわかってもらえなかった。また、世界銀行からもお金を借りるよう話をつけ、国策コンピュータ会社をつくる段取りまでしたが、土壇場で政府が政府負担分の金を出すことができなくなり、この話もうまくいかなかった。で、思い余って、自分でパソコン製造会社を興したのだが、今は、韓国で一番大きなパソコンメーカー。彼は、「どこにでもあるIBMコンパチ技術ですから」と謙遜して簡単にいうけれど、やはりすごい。常に韓国の未来を考える憂国の士そのものであると同時に、技術者としても経営者としても優れている。
「そうやって、政府がなかなかわからないので、自分自身でやってきたのだが、ある時、政府のほうからDACOMの会長になってくれと依頼され六年間会長をしてきた。それまでは、政府はこちらのいうことは何も聞いてくれなかったのに、反対に頼まれるのだから皮肉なものだ。」
知事いわく、
「それはリーさん、あなたが変わったということではなく、世間が変わり時代があなたに追いついてきたということでしょう」
一方、ユーさんは韓国内の通信事業が自由化されるに伴ってDACOMを転出し、KT(韓国テレコム)のコンピュータ通信事業を手伝っていた期間があったようだが、今は社団法人の韓国情報産業標準院の院長になっている。以前にもまして国際会議に出かけており、九二年の別府湾会議にも積極的に参加してきた。
そして、帰り際に、何とか日本でベストセラーのNEC製のPC-9801ノートパソコンがほしいという。標準院の仕事で韓国から日本へ通信しなければならないが、通信する機械が入手できず困っている。買ってもよいのだが、入国時に新品はキビシク持ち込みをとがめられるので、「尾野さん、何とかしてくれ」という。彼の熱意はたいへんなもので、知り合った時から韓国語のハングル文字のコンピュータコード標準化の必要性を一生懸命問いていたし、その種の国際会議はしょっちゅう行っていた。そこが標準院に結びついているのだろうし、結果としてその機器がさまざまに必要なのだろう。そこで、コアラメンバーのベスト電器の石井哲さんに相談し、店頭処分品に近い新品を格安で私が購入し、少し使い込み、中古であることを証して持ち帰れるよう手配した。そこまでさせるほどの熱意であって「一生懸命なんだなぁ」と考えさせられる。
その彼がまた連絡してきて「日本では高齢者を対象にしたパソコン通信があるそうですねぇ。その資料をくださいよ」という。これは通産省が行っている〝メロウネット〟のことで、私もコアラ内で同様のことが企画できないか、と何度か東京のメロウフォーラム事務局に通っていたので、そこで入手していた資料を一式送ってあげた。
するとどうであろう。彼は、韓国内で同様のグループを「元老坊(Wollonbang)」という名前でアッという間につくり、かつ、大きく育ててしまったではないか。
九三年夏、彼は次のような提案をしてきた。
「久しぶりに韓日パソコン通信フォーラムをやりたい。テーマは高齢者とパソコン通信ということでやるので、尾野さん、今度こそきてちょうだい」
「はい、三度目の正直ですね。必ず行きましょう」
「尾野さん、私は、コアラの高齢者利用のことも聞きたいが、NN連合のこともハイパーネットワークのことも話して欲しい」
「話してもいいけど、30分では無理だよ」
といいつつ、九三年十一月三日、ソウルで私達から見て第三回韓日パソコン通信フォーラムが開催された。
主催は韓国テレコムの子会社・韓国パソコン通信社で、韓国最大のHiTELネット(会員数約二十万人)を運営している。韓国も大手商用ネットの強さを感じてしまう。日本のメロウネット(PC-VANやNIFTY-Sereve内の高齢者を中心にした交流フォーラム)に似た「元老坊(Wollonbang)」は、そのHiTEL内にあり活況を呈している。そして、今回は、第一回の時からと同様、それらを実質主催しているユーさんが企画、コーディネートを行った。金集めも自分でやったようだった。日本からの参加者は北陸、東京、大分という混成部隊。
基調スピーチでは、韓国側から前・韓国テレコムの社長の李海旭さんが「情報通信の大衆化」を、韓国老人問題研究所所長の朴在侃さんは「老人社会とWollonbangプログラム」につて講演。日本側から、メロウ・ソサェティ・フォーラム代表幹事の栗山榮治さんが「メロウ・ソサエティ構想」について、郵政省北陸電気通信局監理局電気通信部長の仲川史彦さんが「北陸のパソコン通信事情」を紹介。最後に私がコアラについて話した。また、その後に高麗大学名誉教授の金貞欽さんをコーディネーターにしてパネルディスカッションが行われた。
さて、朴在侃さんの話は楽しかった。
退職して悠々自適の生活を送っているのだが、ある時お金がすこし入り用になった。働いていないので息子にお金を融通してもらうことになるのだが、なかなか親から息子へ「お金を頂戴」とは面と向かっていいにくいし、忙しい息子をなかなか捕まえることもできずに困っていた。思いあまって電子メールで書いたら、翌日すっとんでお金を持ってきてくれた。パソコン通信は忙しい人間を確実に捕まえられるし、顔をあわせずに頼み事ができて親の面子も保てて本当にメリットを感じてしまったという。
また、朴在侃さんいわく「六十八歳になった私は、若い人たちと楽しく話をしたい、若くなりたい」という二つの願望を持っていた。韓国では目上の人たちをとても大事にするが、それが大事にし過ぎて、若い人達同士が楽しく話をしていても高齢者が近づけば敬意を表して急に口をつぐむ、黙り込む。さらにタバコも決して高齢者の前で吸わない。これは高齢者にはとっても寂しい。仲間に入れてもらえないというのはどうしようもない。私は皆と仲良く話がしたいだけなのに、その仲間に韓国の習慣として入れない、この寂しさ、孤立感を何とかしてほしいと常々思っていたのだが、パソコン通信はこれを可能にしてくれた。若い人達と思う存分コミュニケーションが可能になった。とってもうれしい。さらに、私は若くなるのは無理だと思っていた。とくに、Wollonbangではずーっと私が最高齢者で、もうこれから先はずーっと死ぬまで最高齢者であり続けるのかなぁ、と思っていたが、最近、Wollonbangにもっと先輩がぞくぞく入ってきて、七十歳なんて当たり前、八十五歳の人も現われるようになった。つまり、私は彼らからみるとまだまだ若造であって、結局、Wollonbangの中で若返ることができてしまった。Wollonbangで二つの悲願を達成できてとってもうれしい!と
コアラの韓国側へのアピールポイントは、ユーさんのリクエストに応じて、東京一極集中に対する地域ネットの存在(韓国はソウルへの一極集中が東京以上で、全人口の四分の一が集まっているし、昨今地方分散が叫ばれ始めているようだ)、それらを連携するNN連合の意義、そしてコアラ内での高齢者のパソコン通信事例、そして今後のこととして、高齢者にも優しいネットワークづくりなどを考えること、大分につくられた〝ハイパーネットワーク社会研究所〟の紹介、また韓国からユーさんをはじめ多くの人達がハイパーネットワーク別府湾会議に参加されているなどだ。
時間がないので、いつもどおり早口の私の日本語はどの程度理解されたか心配だったが、ユーさんはとっても喜んでくれた。
リーさんは、韓国の情報産業を興し、ユーさんは情報通信を立ち上げた。知れば知るほど、二人とも真に憂国の士であった。

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