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ハイパーネットワーク社会研究所発足

 

 九二年十月、『日経サイエンス』の別冊で『コンピュータネットワーク』特集号が出された。その中に九一年十一月にアメリカで書かれたゴア上院議員の「インフラ整備に政府の投資を」という翻訳記事が載っていて、競争力を持ち繁栄する国土づくりのために光ファイバーを使った高速データハイウエーをつくることを強く訴えていた。政界でこういったことをいえる人物がいるアメリカはおもしろい。それだけでなくそのゴアが九二年末、クリントンとともにホワイトハウスに入ることが決まった。スカリー氏がいっていたとおりになっていくようだった。

 さらに新聞を見ているといろいろなことを考えさせられてしまう。

 当時は、情報化面の面で一人勝ちの企業が出ているとはっきり報道されている。一番は、何といっても「アップル・ジャパン」で、他のパソコンメーカーが軒並みダウンしているのに一社だけ年率三〇%の伸び。また、ICではMPU(パソコンの心臓部)をつくっている「インテル」が伸びていて、周辺機器であるメモリをつくっている日本メーカーを押し退け、年率二六%の驚異的な伸びで世界一になった。さらに、パソコンの基本的な動きを規定するOSでは、これまた「マイクロソフト」社が完全に一人勝ちである。そして、マイクロソフトのOSはインテルのMPUを使って動かされるので、以上の勝ち残り三社は結局、「アップルグループ」と、「インテル・マイクロソフトグループ」の二つのグループに大別できることになる。残念ながらIBMも日本メーカーもこのインテル・マイクロソフトグループ内で自社製パソコンをつくるメーカーということであり、インテルの動向が各社の今後を決めかねないほどの状況のようだ。この時期の記事をみるとそう読みとれる。

 そして、動画や音声を扱うマルチメディア技術もその二大グループで技術が違っていたのだが、年末頃から相互乗り入れができるようになったことでさらにマルチメディアブームをあおっている。そのマルチメディア技術は使えば楽しいもので、ビデオ映像込みの新しいモノがおもしろく構築できることをわが家や会社でも実際に体験し始めていた。

 そういったことにアメリカはいち早く気がつき、その産業おこしが「活気づく米情報家電産業」というような新聞記事になったし、それに伴って、企業提携連合の嵐にも似た記事が目につくことにもなったのはとくにこの頃。さらに、それを使ったアプリケーション例もチラホラで、ビジネスで使える、ビデオ・オン・ディマンド(ほしい時にほしいように見れるビデオ)的なものもIBMでは社内利用に踏み切る記事が出てきてた。

 当然、国も地方も政策が大きく動いていき、ゴア副大統領の情報高速道路建設案はそれらの追い風をつくることになっている。アメリカ中がすごくわきたっている。

 日米の情報化格差は、前途のように基礎的技術や規格を全部アメリカが押さえ、我々は日本語化をじっと待つ状態が続いている。そして、日本語化が終わった頃にはまた新しい規格・技術・概念がアメリカで起きてくる。永久に追いつかないような気になってくる。とくに通信政策は違いが顕著で、インターネットの一般人利用もあるようだし、放送と通信の境が解け始めたように見える。愕然とする差がでてきているようで、産業的な遅れのみならず、文化形成にも大影響で、日本は「第二次情報化革命」に乗り遅れている、とハイパーネットワーク社会研究所の関係者である日経新聞社の坪田知己記者は特別委囲い記事で指摘するほどになってきた。

 ということで、日本も急に九二年の暮れ頃からバタバタとし始めて、通産、郵政両省の政策にも反映されようとし始めているようだった。

 そこでがぜんハイパーネットワーク社会研究所が注目され始めた。

 とくに郵政省には知事と畑英次郎代議士が一生懸命働きかけを行っていたが、通産省、郵政省、ともに三月発足で承知してくれたようだった。当初は、こんな景気が悪い時にといわれていたが、アメリカからの新技術的外圧をクリントン・ゴア政策という風(これもまぎれもない外圧)に乗って、今や逆風から順風へなり、政府の期待を担った研究所として発足することになった。(図7-1)

 九三年三月十九日。東京のホテルオークラで、平松知事、渡辺文夫理事長、公文俊平所長らの出席を得て設立総会が行われ、三月三十日付けで両省の認可を受けた財団として発足することになる。副所長に月尾嘉男先生(東京大学教授)を迎え、浜野保樹さんを主査とし、東京事務所として大分県東京事務所の隣に女子職員を含め会津企画部長、藤野研究員の三人が常駐、大分本部はソフトパーク内インテリジェントビルに県から出向した富成総務課長ら三人、計常勤六人体制でスタートした。

 九〇年三月十九日の第一回ハイパーネットワーク日出会議が行われてちょうど満三年目のその日、私はオブザーバーとして設立総会を見届けた。コアラにとってこの研究所が今後のネットワーク整備のエンジンと指針になることを期待して。



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