post154:第七章 ネットワーク・コミュニティ   海外からの風が箱根に吹く

第七章 ネットワーク・コミュニティ

海外からの風が箱根に吹く

 

 九二年は海外から始まった。

 海外からのゲストが多かった別府湾会議はにぎやかではあったが、九〇年に仕掛けたサンタモニカ市のPENとの電子交流が一月一日より始まっていた。ケン・フィリップスは、一時期のアメリカ国内のジャパン・パッシングの収まりを感じさせつつ、一週間に二~三度のポーティングを行ってきた。英語の不得意な我々は、数人の書き込みに頼っていたが、それによるとPENの中でも非難・誹謗・中傷・人身攻撃がひどくなって通信をやめてしまったり、読むだけに専念する人が出ているとのことが伝わってきた。どこでもその種の問題を乗り越えようと苦労しているようだ。

 別府湾会議が大盛会であったが、周囲はバブルがはじけ、なんとなく不景気感が東京から伝わり始めていた。

 つまり、研究所は財政的につくりにくくなってきていたし、そのためにあちらこちらへのPRをより強めざるを得ないだろう。日本経済勉強会の座長である日本銀行の大分支店長であった横内龍三さんは四月に本店の電算情報局次長に栄転していった。これはおもしろい、と研究所のPRも込めて日本の金融を絶対的に司るコンピュータルームを見学させてもらったが、これこそ映画のような厳重な警戒とフェイルセーフ・システムだった 。

 また、コアラ見学者は相変わらず多かったが、コアラのことだけでなく研究所のPRを行ったのはいうまでもない。例会では、そういった外部との接触や外交状況のほか、コアラの新運営体制のこと、研究所のこと、それから新しく導入されるであろう公共ホストとしての新ハードシステムのことなど、重要な話題がいつも投げかけられていた。

 また、新しい動きを促進し新人を歓迎し、運営に少しでも興味を持ってもらおうと、例会にテーマを持たせたりしたが、六月例会では「アルバムCOARAを考える」と題してフランクな意見交換会を行った。

 アルバムはコアラ発足以来、いく度となく変化してきている。そして、この時期、事務局員の採用によって経費削減を断行し、隔月発行に間引いたり、新聞タイプにしてみたり、ミニ版にしてみたりと、一時期発行スタイルやスタンスが定まらなくなっていた 。また、皆が主役になれるよう事務局の仕事をなるべく多くの会員にお願いしていたが、なかには熱心さのあまり事務局の都合を考えずに発行してしまい、予算を圧迫したり、「事務局から会員への連絡掲載事項」有無の問い合わせが事務局に行われないまま印刷されたりと、ちょっと混乱した時期でもあった。

 が、そういったことを皆で話し合うことは、どこに問題があるかが知ってもらえ、結果として事務局支援体制が強固になっていくように思えた。

 少しづつ、昔の和気あいあいのムードに戻っていく。

 そういった六月の終わり、ハイパーネットワーク社会研究所調査委員会で一緒であったアップル社の原田永幸マーケッティング部長から連絡があった。

 「箱根で、ある特別な会議を行うので平松知事にぜひともご出席いただきたい、ひいては副社長ともどもそのお願いに大分県庁へうかがいたい」という。

 七月はじめ、その副社長を空港に迎えに行ってびっくり。

 何と、副社長は副社長でも日本法人の副社長ではなくて、アメリカのカルフォルニアにあるアップル本社の副社長だった。アメリカからわざわざ出席のお願いのためにやってきたのであった。それも頭にターバンを巻いているインド人であったのには二度びっくり!そのためか、英語がダメな私には彼の名前の発音が一段と難しい。一生懸命発音しようとする私は、オウムのように何度も根気よく発音訂正されてる。あとで名刺を裏返してみたら日本人向けにカタカナで書いてあった。なんだ、最初からこれを見せてくれればハジかかなくって済んだのに。

 その名刺によると、サティーブ・シャヒル(Satjiv Chahil)さんといって、パシフィック・マーケッティング担当副社長って書いてある。ふぅー、さすが世界企業!と握手の感触を思い出しながらため息が出てしまう。

 さて、その世界企業のアップルコンピュータは、当時(今もそうであろうが)、注目度ナンバーワンの企業の一つであった。パソコンや家電の最近の販売落込みの中で、アップルジャパン社だけが〝一人勝ち〟していると、新聞全国紙に登場することがその時期はとても多かった。またアメリカ本社の日本企業との連合についてのニュースが多く、東芝やシャープ、富士通、IBM…、ほとんどのパソコンメーカーがアップル社と技術提携をしたり共同出資の会社をつくったり。どうやらこれからの情報産業界の方向性をリードする企業として国内外から引く手あまたらしいし、新聞社も、情報産業界のことではあるがその重要性から、一般社会ニュースとして一面トップ記事に扱うほどだ。

 そのアップル社が最新のデジタル情報技術を踏まえて、二十一世紀の未来情報化社会を論ずる特別な会議を箱根で行いたい、という。

 なぜそれを日本の箱根で?

 彼らによると、これからのコンピュータが家電並の手軽な製品としてつくられるであろうことを予測すれば、その家電製品をつくる能力のある大企業が多く立地する日本のほうが開催場所としてふさわしいこと。今までその種のイベントはアメリカで行うことが多かったが、今後の世界を動かす歴史的な会議であろうとすれば、アメリカよりも日本で開催したほうが世界会議にふさわしいこと。日本にはニューメディア(この言葉は日本ではもう古い言葉であるが)を前向きに受け入れようとする風土があること、などの理由を挙げて説明してくれた。

 では、その参加者は、と聞いてこれまたびっくり。

 この世界ではもっとも有名な人達がずらりとリストアップされていた。今回の招待者であるアップル社会長CEOのジョン・スカリー氏は超国際的有名人。そして、アラン・ケイ氏という人物は、〝ダイナブック〟という概念をつくり出したことでアイドル的に有名な人。東芝は自社のノートパソコンに〝ダイナブック〟という商品名をつけておおいにヒットしたのもアラン・ケイ氏を知れば当然のことになるのだが。また、世界中から優秀なスタッフが一度は出かけようとし、そこで研究することを夢みるMITのメディア研究所のネグロポンテ所長は日本ではめったに講演さえ聞けないような人物。ジョージ・ルーカスとかフランシス・コッポラなんて人は映画人ではなかったっけ?コンピュータ業界だけでなく、出版や新聞、放送などさまざまな分野の人達がリストアップされている。これはおもしろい。

 どんな基準で選んだの?って聞いたら、

 「各社、各業界のトップ、本当に決めることができる力のある人達。代理では困る。そして、本当にコンセプト、ビジョンを持っておられる人達。限定百人。日本で行われるから日本からの参加枠を多少広げて三十人、海外七十人。『マルチメディアがもたらす新時代の可能性―新しいライフスタイルとビジネスライフを考える』というテーマでディスカッションができる人達。原則として政治家の方はお呼びしないのだが、平松知事は、ビジョンを持ち実践されておられる方、コンセプトメーカーとして特別ですし、第二日目の基調講演を行ってほしいんです」

 おお、これはすごい。これだけのメンバーの中で、基調講演の一人として選んでくれたなんて!これは知事の名誉ということもあるけれど、「大分の名誉」だ。世界の中でも大分が情報化の方向を示すモデル的な意味合いを持つ地域だ、未来的ビジョンを持っている地域だ、と認識してくれたことを意味するだろうから。すばらしいことで、うれしくなってしまう。

 サティーブさんと原田さんは、知事にそういったことを説明。そして、スカリー氏からの招待状を差し出したのだが、これがまたおもしろい。サティーブさんいわく「日本式を真似ました」といって差し出した紙筒みは何重にもまかれてあって、〝風呂式〟を連想させてくれるのだけれど、一番底から、日本でお祝いに使う水引きを斬新な洋風デザインでつくり直したものが出てきた。これには、知事もつい手をたたいて喜んでしまったりして。なかなかしゃれたことをやるなぁ、さすがアップルと納得。さて、専門家ばかりの会議であって門外漢ではないかと、最初はとまどっていた知事も彼らの話しを聞いて、

 「わかりました、行きましょう。ただし、条件があります。スカリーさんにいつか大分にきていただいて講演していただくこと、これをお願いしてくれませんか」

 知事もしたたか。タダではおきない。サティーブさんは知事からの出席の回答をもらって喜びながら、「ええ、それは絶対に私が約束しますし、スケジュールさえ早めにはっきりしてくだされば必ずです」と応えてくれた。おもしろい、世界的ビジネスマン、スカリー氏を大分に縁付けられそうだなんて。

 実は、東京から同行してきた会津さんは、そのスカリー氏の自伝本の日本語訳者として以前スカリー氏来日時に会っていたが、その時、私に相談あって「コアラの名誉会員証」を手渡したことがった。そして、数ヵ月後、スカリー氏から事務局の私宛に感謝状と名誉会員になる受諾書がサイン入りで送られてきていて、コアラとしても決して無縁の人ではない。



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