post153:ハイパーネットワーク別府湾会議`92
ハイパーネットワーク別府湾会議`92
少し時間が戻って、九一年の十一月、研究所の設立には郵政省の力がどうしても必要だということで同省に積極的に働きかけていた結果か、通信政策局総務課の吉崎正弘課長補佐と、政策課中村伊知哉課長補佐が公文先生と一緒にコアラの十一月例会にやってきた。例会は山崎佐和子さんの司会で大盛会。彼ら二人は持ち前のユーモア精神いっぱいでスピーチを行なったが、ソフトピア`91で以前よりさらにネアカになったコアラ会員の熱気にもおおいに満足していたようだった。
またその頃、「別府湾会議のテーマをどうしようか?」と会津さんから相談があった。研究所設立を実現するには、研究に値する実績を残すことが必要だ。そのために第一回目の日出会議なみのワークショップを行なうことが決まっていた。
県外からのお客さんはさまざまな新しい風を送り込んでくれる。当時は、そういった人達がコンピュータや通信回線などを使って一緒に仕事をするグループウェアという言葉をよく口にしていた。しかし、私はどうしてももう一つ納得がいかない。確かにグループウェア、すなわち、CSCW(Computer Suported Cooperative Work)と呼ばれる、コンピュータを使った協働作業システムは、ある種の仕事には驚異的に役立ちそうだったが、私は仕事だけでなく生涯教育や自己開発、機会開発、コミュニケーション、社会生活一般に広がったものを常に意識していた。その代表例がパソコン通信だったはずだ。であるならば、未来のCSCWはグループウェアというよりも、それらを包含した〝グループメディア〟ともいうべき姿で出現して欲しかった。
マスとパーソナルの中間の人数を対象にするからということで〝グループ〟メディアといわれるような気配もあったが、マスは「少数が一方向に多数への伝達」であり、パーソナルが「1対1の交流」であるのに対して、グループメディアは「中数が中数と交流する」性能を持つものとして位置づけしたかった。かつ、未来のネットワークの中心的な機能としてマスやパーソナルを押しのけてグループメディアを位置づけるという気持ちで、「グループメディアの創造」というテーマを提案した。
そして、今回は郵政省と通産省の両省に後援をもらい、九二年二月二八、二九日、日出町の厚生年金休暇センターを会場に「ハイパーネットワーク`92別府湾会議 」が開催された。会津さんや公文先生の努力もあって、研究所が出来たらどんなに楽しいことかと思わせるようなメンバーが国内外から揃い、COS(Center of Sympathy)の場としてハーモニランドを第二会場に利用したりと大盛会であった 。グループメディアが認知された、と感じた。
そして、何よりうれしかったのは、この別府湾会議へのコアラメンバーの参画方式であった。主催団体として今回は県が前面に出てくれて、我々は初回のように表・裏、両方の責任作業に当たることなく、希望すれば一人一人が会議参加者として出席できた。コアラの運営体論争で見られるように、県の立場としては、任意団体のコアラが県やNTTなどのフォーマルセクターと横並びになることに当初戸惑いを感じ、その部分だけでも数回の議論が交わされたが、共催団体として県の横にコアラの名前が列記された。もちろん、裏方作業も希望すればいくらでも参加できるし、会員一人一人が自分の希望するスタイルで参画できるということであって、皆が主役、という合い言葉がよく出ていた。
それを徹底的に表現したのが、会議の冒頭に行ったコアラメンバーによるカジュアル・プレゼンテーションであった。難しい議論は私達にはつらいが、ユーザーとして「未来はこうあって欲しい」「グループメディアってこういうのであって欲しい」という意志表示を七人の軽いノリのリレープレゼンテーションで意志表示したもので、総監督が永野建一さん、演出は久保木さん、出演は帆足美佐子(歯科技工士)の司会で、石田洋子(主婦)、橋本睦子(司会業)、松村亮司(車の販売)、森晴繁(家業の布団店経営)、永野美恵子(主婦)、戸次栄子(主婦)の各人が自分の素顔の立場を生かして出演。これには並みいる学者、著名人、ゲストスピーカーもびっくりしたようで、「なるほどコアラがある大分か!」とうならせた。 このプレゼンテーション内容を作るのにオフラインをたくさん重ね、前回の日出会議の準備で時間を使ったのと同じくらいに、また前途のメンバー以外もみんなで集まってワイワイ議論した。したがって、二日間の満足感は個々に充実したものであったようで、多くのメンバーが「よかった、うれしかった」「感激した」と会議室に感想を寄せてきた。プレゼンテーション内で司会をした帆足美佐子さんは、
「とにかく今は このチャンス このメンツ この自分に
感謝したいです。 ありがとう。 」
と感激を表した。
私はまたもやうれしくなる。コアラがあっていいのだし、こうやって運転されているコアラのよさを一生懸命楽しんでいる人達がいるのだな。ボランティアでコアラ事務局を運転するにしても、もっとうまくやれ、もっと上手にボランティアをしろ、といわれているのかもしれない。これはもう、ボランティアを越えたフィランソロピーが望まれているのだろうか。
おりしも、その二週間ほど前、大分経済同友会でいつも顔をあわる岩田学園の岩田英二理事長が「おもしろい記事があったよ」と、サンデー毎日に堺屋太一さんが書いていた「虚無と戦おう」を見せてくれた。それは、
(前略)今、この国には、人間の情熱を沸き立たせるのに最も不都合な、中ぐらいの豊かさと安心感がみなぎっている。 そんな中では、「どうせ世の中、こんなものだ」とニヒルに構えるのが冷静なインテリジェンスとして錯覚されやすい。 二十年前までは、口角泡を飛ばして社会改革や未来プロジェクトを議論する学生や若手社員がどこにでもいた。官庁でも、機構改革や新政策の案をもって上司に噛みつく若手官僚が何人かいた。 今は、そんな学生や社員、官僚もまずいない。ちょっと言ってみても、上が反対すると、すぐに引っ込む。社会の改革や新規事業にシャカリキになるのはダサイのだ。そんなことをしても、この世の中がどうなるものでもないことを悟ったような顔をしているほうが、スマートな利口者なのだ。 一見陽気だが、未来に対しては悲観的、今の日本には、そんな『陽気な悲観主義者』が溢れている。 確かに一つのことに情熱を傾けるよりも、いろいろなことを適当にこなし、だれにも嫌われないようにあっさりとつき合うのが利口な生き方かもしれない。だが、何とも虚しい人生ではないか。 夢をみるのは人間の特権であり、義務でもある。 たとえ無駄でも一つの目標に情熱を燃やすのは心地よいことだ。 中ぐらい豊かな世の中で、それを実行するためには、積極的に虚無と戦わねばならない。 社会は変えられるものであり、人類は進歩し得るものだと信じる『陰気な楽観論者』こそ、未来を開く人々なのである。 |
堺屋さんのいう『陰気な楽観論者』こそ、〝ネアカ・ハキハキ・マエムキ〟であり、後藤カイチョーがいっていたことなんだろう。

コメント
コメントはまだありません。