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新しい息吹と事務局員誕生

 

 コアラの運営が私から離れることになっても支障がないようにと会長に相談し、専属の事務局員を用意することとした。

 会長は、

 「それがいい、県が運営するとしてもいきなりは無理だろうから、今のうちに誰か探してできるだけ教えておくとよいね。人件費を捻出するのにコアラの一般的なサービスが低下してもいいのじゃないか。アルバム作成が二ヵ月に一回や三ヵ月に一回になっても、専属事務局員がいるほうが結果的にサービス向上になるだろうから、みんなわかってくれるだろう。私のほうから情報センターの後藤専務理事に机を一つ借りられるようお願いしよう」

 という。

 これからのグローバル化を考えて英語を話せる人(私が英語がだめなので)、情報センターの勤務にとけ込める人を探して東奔西走。東京で九月に面接を行って、仲矢智絵さんをUターン採用した。

 彼女は十月十四日に勤務開始。

 一週間は私の会社にきてもらって、私の考え方、行動パターン、連絡先などをわかってもらうようオリエンテーション。かつ、情報センターに持っていく書類を整備した。

 コアラのやり方も教えた。

 彼女は、専属者一人だけという最小構成の勤務先にどぎまぎしながら、事業所としての形態を整えよとしている。そして、数日後、こちらから催促をしていないのに、コアラ入会申込書を名前とハンコを押して持ってきた。これには驚いたり、うれしかったり。彼女は事務局員であると同時に我々の仲間になろうとしている。これは幸先いいぞ。

 その勢いをかって二十二日、ソフトパークのお祭りであるソフトピア`91の打ち合わせを兼ねたコアラ例会で彼女を紹介。出席者から、あたたかく、かつ大きな拍手で歓迎された。

 そして、ソフトピア`91が十月二十六、二十七日行われた。

 その年のソフトピア事務局は、日出会議の成功やハイパーネットワーク社会研究所設立の動きを見ていることなどもあってか、例年以上にコアラスペースを確保してくれていたし、より前面に押し出すような扱いをしてくれていた。それで、我々も早くから実行委員会を設置、手づくり参加の市民情報祭的取り組みを行った。実行委員長は車のセールスをしている松村亮司君。熱心に取り組んでくれて、大会の前日は会社の休暇を使って準備に奔走。また、長年挑戦していた文字放送電波をパソコンで受信してコアラ内でNHK文字放送が見れるようにした実験システムを葛城英敏さんの実演つきで展示した。

 とくにこの文字放送には因縁がある。未来は通信と放送が融合する、といわれているが、私はこれを実現するのに同じ文字ベースのパソコン通信と文字放送を組み合わせたわけで、NHK大分放送局と西日本文字放送の協力で実現していた。そして、今回は放送をパソコン通信側に取り込むことであったが、その時期、放送文化基金の助成を受けて、コアラ内に書かれたメッセージを文字放送に流す逆方向の実験に取り組もうと思案中であった。つまり、ハイパーネットワーク社会研究所を誘致する一つの事由として取り組んでいた。

 が、文字放送によるニュース取り込みとcafeへのアップロードは、内容が一方向的でcafeの双方向コミュニケーションに馴染まず 、決して好評とはいえないために、ソフトピア開幕直前は「文字放送書き込み不要論」が議論されていた。にもかかわらず、ソフトピアの会場ではデモンストレーション効果抜群で、常に注目された。また、その準備には多くの会員が積極的に機材運びやアンテナ設置、説明などに協力しあっていておもしろかった。

 また、ハイパーネットワーク社会研究所を意識した出し物として、アップル社から紹介があったニューラルサウンドという不思議な立体音響空間をつくり出す藤原和通氏を、新日鉄情報通信システムと当社で費用を出し合い招聘した。これは振動まで使ったバーチャル音場をつくり出し、コアラメンバーを中心に実体験希望者が列をつくった。

 というように、コアラ関連で出し物ものも多かったし、会議室ごとにチラシをつくって会場への呼び込みまでやっている。すごい、と思った。二十歳そこそこの女性や主婦も、会社員も、自由業の人も、自分の参加できるやり方でコアラを宣伝している。そして、それを楽しんでいる。大分市まで二時間かかる日田市からわざわざ浦塚政子さんも手土産を持って駆けつけてくれている。

 そして、みんな「コアラが楽しい」という。

 「手弁当でこの楽しさを皆に教えて上げたい」という。

 「私が説明したあの人達はきっとコアラに入会してくれるわ」と言い合っている。

 cafeのウェイトレスの帆足美佐子さんは、ソフトピア来場者をかわいらしく、かつ大きな声で一生懸命コアラブースに連れてきてコアラの説明をしていたが、翌日その中の一人からデモIDで「ありがとう入会します」というメールをもらって涙がポロポロでるほどうれしかった、こんなうれしいことはない!と喜びいっぱいにcafeに書き込んできた。

 そうなんだな、とその感覚が蘇ってくる。

 自分で本当にすばらしいと思っていることを一生懸命に人に説明し、それがわかってもらえる喜び、人からレスポンスをもらえる喜びは、私もずーっと経験してきたのだった。

 ああ、そうなんだ、みんながこんなに喜んでくれるならば、やっぱりコアラは必要なんだ、やっぱりネアカなマエムキの電子ネットワークとして必要なんだ、と思えるなぁ。

 どうしよう。どうしたらいいか。

 再度、悩み始めてしまった。

 一時期の運営に関する非難は収まっていて、それなりにネットの中は正常化しているようにも思えるが、互いの心のキズはそう簡単ではないだろう。

 大手ネットは毎月一万人ずつ会員を増やし、秋にはNIFTY-Serveは二十五万人を越えたという。そういった状況の中で、地域ネットは本当に生き残れるのだろうか?県営で市民自ら主人公のように感じられるコアラを演出できるだろうか?市民自らが主人公の電子ネットワーク社会を、ハイパーネットワーク社会研究所はこの大分で研究できるだろうか?私や後藤会長が抜けたあとも、どうやって今までの市民主導の自主運営、かつ、県のバックアップが伴う一体的体制が組織として構築確立できるのだろうか?本当にこのまま県営になるのを許していいのだろうか?

 悩んだ。

 例の「地域総合ネットワーク研究会」は、現状のコアラホストを新しくすることには納得しており、あとは、その所有方式、運営方式をどうするかだ。私の過去の情報市民公社方式を模索する方法には何となく決めかねているように思える。やはり、ここは自分が残る・残らないとは別に〝あるべき姿〟をそれなりに、いや、真剣に、皆に提示することが今までのコアラ事務局を担当させてもらったことの務めだろうな、と思えてくる。いうべきものはキチンといっておくことが望まれているのはずだろう。

 だんだんわかってきた。コアラの組織そのものを生まれ変わらせる時期が来ている。

 コアラの規模が発足時の発想を越えてきたということで、市民主導ではあるがより専門グループによる運営と、かつ運営者グループと利用者グループの明確な線引きが必要になってきていること。さらには、利用者からの発想を運営に反映させることを慣例ではなく明文化し、仕組みとして残せるように工夫すること。つまり、大規模ユーザーからしっかり信頼される本格的事務局づくりが必要になった、事務局強化が必要になったということ。いわば、家内工業的に我家に皆がボランティアで集まり、奥さんの手料理を食べながらの運営から、企業の形態を整える時期がきたということであろう。

 また、私の会社の好意で垣迫さんを投入し、コアラ事務を行ったのは差し迫った事情からだったが、ユーザーから見ると、わが社に対して過度の負担を感じさせ、私や事務局に遠慮しいしい発言をすることになってしまった。

 結果として、中立のネットに感じられなくなったのではなかろうか。さらには、私の発言力が増し、どちらかというとワンマンで一方向的風土をも感じさせてしまったのではないか?コアラのホストシステムの構造も、会議室の開設・設置は事務局の承認のなかでしか行えず、〝忙しい事務局長〟には開設申し込みをいうにいえない状況ではなかったか?毎月の例会運営は端っこの方に座っていても、いつも私が司会し報告するのは、たとえスムーズであっても、こういったムードの中ではより一方向に感じていたのではないだろうか。双方向メディアのよさを体験しながら、忙しさに紛れて実体が一方向になっていたとしたなら何というお笑いごとか。

 そう思うと肩の力が抜けてきた。

 会員は、垣迫さんが事務をやっていた時には、彼女に用事があっても私の会社には寄り難かったに違いない。現に、新人の仲矢さんが情報センターに配置されるようになった途端に、彼女を気遣って、毎日、情報センターに誰かれとなく顔を出すようになっている。それがソフトピア盛会の一助になっている。中立であることのよさなのだろう。

 例会の司会も変えてみた。勇気を持って任せるようにした。事務局からの報告だけを主体的に私が行い、一番楽しい「皆の報告」は、大学の電子工学科を卒業したばかりで家業の幼稚園事務を手伝っているcafeのウェイトレス、山崎佐和子さんにやってみてもらった。例会はにぎわっている。新しい感触、私だけでない感触。一極集中でない感触。

 やっぱり互いが主人公になれるグループメディアでなければダメなのだ。



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