post148:コアラ事務局の集金方式の変遷 

コアラ事務局の集金方式の変遷

 

 なぜ、集金がしっかりしていないのか?毎月百五十万円も入ってくるのだろう、という単純な質問に「そうではない」ことをどのように説明したら納得してもらえるのだろう?その質問する会員の中に請求書を送っても払い込まない者もいるのに。間接的にコアラ会費集金の変遷を電子会議に書き込み、理解を求めようとしたがなかなかうまくいかない。

 コアラを顧みると、当初は大分県地域経済情報センター内に事務局を置きメンバーは中小企業の二世経営者が中心であり、月一度の例会研究活動費としての毎月千円の会費徴収はごく自然であった。いや、同種の経営勉強会会費としては破格の安さでもあった。しかし、活動のあり方が定例会合による「研究」から「ネットワーク利用」に重点が移るにつれ、かつ、コミュニケーションサービス主体になるにつれ会員は個人資格でコミュニケーションサービスの利用料金として会費を意識するようになった。

 その時点で「月千円は高いのでは?若い会員の足切りになりはしないか?」という意見も出されたが、公共的資金を導入してのホストシステムを構築した事でもあり(公共的資金を対象にしては利用者が少ないからこそ)相応の受益者負担が望まれた。つまりは初期投資は社会資本的に投資を集められたとしても、維持運営費は利用者間でまかなう、ということ。また、会費設定で若い会員への足切りにならぬよう会費を払わないままにほとんどの利用が出来るデモIDを用意しているのはご存知のとおり。その後、全国的な電子ネットワークの普及にしたがい、従量制利用料金が主流になる中で、コアラの定料制が見直され、結果的に〝安い〟という時期もあったが、最近の電子ネットワークの乱立に近い普及状況の中での競争環境では、同じ定料制でもコアラ会費の半額に近い低定料金が設定されたりしている。

 しかし、その一定料金であってもコアラの集金システムを築き上げる経過は紆余曲折。

 八五年五月、三十数人でスタートした当時は簡単で、会合時に口頭で請求すればその場で(領収証も受け取らず)払ってくれる人が大半。誰もその使途を問わないJC仲間が主体。ところが会員数三百人を越えた頃(八七年一月)から、毎月バラバラに入会する会員と、年会費を更新する会員との錯綜で情報センター職員の好意による事務作業範囲では「新会員への請求/既会員の請求書発行/問い合わせによる再発行/請求書発行後の未納会員への再督促…」などなどが難しくなり、事務処理を当方(尾野家)に引き取ることになった。その時までは情報センターの雪野さんが好意で簡易決算をしてくれていた。ただし、これはあくまでも一時的で、いずれは専用職員が用意できることを信じてのこと。そして、何とかスムーズな入金をお願いできるよう、八七年十一月(会員数七百人突破)、より取り扱いが簡単な郵便振替による年会費払込体制を整備。

 しかし、ますます事務局の事務が膨らんできた。一般個人会員の増加は、個人で一万二千円を一回払いすることに抵抗感も起こさせて、完全集金がますます難しくなると同時に、個人ごとに「何年何月分まで払っている」という個人ごとの管理事務が膨らんでしまった。それも途中から家族会員(割引価格になる)がついたり離れたりと、個人ごとにある期間の月会費が異なってしまう場合もある。これをパソコンで会費管理するには相当に本格的なソフトと会費管理ノウハウがなければやっていけないが、そういったものをつくる余裕も資金もない。手持ちのデータベースソフトで代用するがなかなか難しい。銀行にカタカナの名前だけで振り込まれるとどこのサトウさんかわからないし、銀行振り込み料を差し引いて振り込まれた場合、この不足はどうしようか…。

 他方、会員の方も、お金がないからということで数千円だけとりあえず払う人も入れば、ついつい払いぞびれ数年分たまってしまい絶対に払えないような感覚になって、ウンともスーともいわない人達が出始めたのもこの頃。「退会します」といえば今までの滞納会費を払ってくれ、といわれそうで、誰だってそうだろうな、と思った。しかし、当時はアルバムをつくっており、ホスト用電話維持費用など一人当たり月六百円前後の直接経費が必要であったので、会費未払い者は会費支払い者の好意の中でコアラを楽しんでいることになる。そういった人達の自然退会処理は時間をかけて行わざるを得ず、さまざまな思いを引きずっていく。

 この事務量の増大から、入会月から起算する年会費の更新請求は毎月ではなく一年に数回のみと回数を落とさざるを得ない状況になってしまった。これを解決するには、アメリカで行われているカード決裁方式で月々に抵抗感の少ない少額引き落としを行なうほかなく、銀行やクレジット会社など多方面に問い合わせ、働きかけを行うが、日本での慣習が確立されておらず進展しなかった。また、コアラ側もまだまだ会員数が少なく、先方への説得力に欠けたようだった。

 しかし、大分銀行の経営企画部に足を運び続けるうちに、コアラ会員の山崎芳直部長などの好意で、学校給食などの費用を銀行口座から引き落とす方式を、当時は、まだまだアマチュアの信用の薄い団体と見られがちであったにもかかわらず、コアラに摘要してもうらうことになった。八八年七月のことである。

 だが、これも大分県内会員にのみの摘要。なぜなら、大分銀行に口座を持つ会員のみが利用できるもので、月々千円の引き落とし方式は結局伸び悩み、百人以上は増えなかった。

 おりしも、アスキーネットなどの大手が有料化に踏み切り、カード決裁方式が日本で確立された。再度、カード決裁を求めて東京新宿の住友VISAカード本部に足を運ぶこと数回。徐々にコアラの名前も知られたこともあって、「地域ネットワークですが、実験的に認めてみましょう」とマエムキに肯定してもらう。帰って検討するが、引き落とし手数料がその当時のコアラ会計では結構負担に感じられ、躊躇する。

 が、運よく大分銀行がダイヤモンド・ファクターによる国内主要銀行のほとんどを網羅した銀行間自動引き落としグループに入ることになり、その第一号契約者にコアラは立候補、大急ぎで手続きを行った。大分ではDCSサービスと呼ばれるサービスで、コアラ会員に自動引き落としの同意をしてもうらう書類を用意(何度もDCSの指導で書き直した)し、二ヵ月に一回の引き落としにした。手数料の負担を軽減する方法にもDCSに合意してもらい、八九年一月に第一回めの引き落としが開始されたのである。(ちなみに会員数千三百人であったが、第一回めの引落し結果は一人二千百円で総額四万一千三百五十円。「先が長いなぁ~」とため息が出る)

 以降の入会者にはDCS引き落とし方式に同意してもうらうように積極的に勧めていったが、コアラはこの当時が最も財政的に苦しい時期であったと思う。それまでは、年会費を入会と同時に先払いしてもらっていたので、ある程度資金余裕があったが、一年経った更新時期に年会費支払が滞る会員も多く、かつ一千人を越える会員も途中で会員資格が結婚などで会費額(親子割引や法人割引きなどがあるので)が変わったり、住所が変更したり、請求先が企業から個人へ変わったり…と、請求業務がますます追いつかず、ついに年一度のみの請求になってしまったことも大きな要因。そして、各自の払い込み金額が年会費額から月会費額へと金額減少が行われたことはコアラの預金残高が毎月減って行くという不安感の反面、毎月の安定収入への道を切り開くことになり、その額が毎月の支出に見合う程度になるまでの約二年間は、じっと我慢であった 。

 これまでの会員にもDCS方式へ会費支払い方式を変更してくれるよう依頼するがなかなかうまくいかない。オフラインで会える仲間だからわざわざそうしなくてもという気持ちの初期会員や、「話題になっているからコアラに入ってみたが、やっぱり私はパソコンは扱えない」「おしゃべりじゃなくて有益なものが見れると思ってた」「やっぱり大分は遠いので近くのネットをホームネットにします」という理由でコアラを敬遠し始めている会員にとってはこういった手続きをするはずがない。むしろ、社団法人の情報センターに事務局があるので、公費でホスト維持やアルバムなどが送られてきていると思いこんでいる、〝タダ乗り論〟さえあったりする。タダ乗りは県の立場にもあって、ホスト構築費を出したのだから会費をなしにしてほしい、とはっきりといわれる場合もある。しかし、ホスト構築には民間からもカネを集めたし「維持運営費がばかにならないんです、もし払っていただけないと、県民・市民の好意の中で公が使うということになりますが」と、説明するがどうもホスト維持に金がかかるのがピンとこない様子。

 コミュニケーションネットワークには、コミュニケーションの活性化のために常にイベントや仕掛けをつくり続けて行かねばならない。会員名簿であるID-ブックや本格的マニュアルづくりはけっこうお金が必要になるし、アルバム作成費も郵送費もばかにならない。Tri-PやTYMPASの契約金だって、ホストコンピュータの保守料だって会費から払っているのだが、どうも説明が不足していたようだ。苦労はこちらだけで皆さんは楽しんで下さい、という発想が裏目にでたのかな。会員の多さの割には収入が少ない。

 それに、DCSで同意した人の平均八%近くの人が銀行口座にお金を用意していなく、二千百円が引き落とせない。う~ん。

 そういったことで、会費収入は八八年度が約四百万円、八九年度約五百十万円、九〇年度が約六百二十万円。一部の人達が想定する収入とは雲泥の差。これですべてを面倒見なければならず、専属の事務局員を用意するのはとっても難しい。

 そこで後藤会長に出席してもらい、総会と銘打った決算例会で報告。そういう状況下であっても、正義感からなのか一部の会員は、コアラ事務局運営に意欲を見せ、事務局を情報センターから移動させてアパートを借り専用事務所を置こうなどと提案があったりする。コアラ発足の経緯からその行動はそぐわないこと、今後のコアラを情報インフラにするためには中立の情報センターが望ましいことなど、設立時からの考え方を説明したり、ホスト設置のスペース料や電気料金など、さまざまな実質面で情報センターの応援があるメリットを説明するが〝現状否定〟論からでは何をいっても通用しない。

 ネットが大きくなるほど継続的に行わねばならない仕事が増えるし、臨時ボランティア応援だけでは対応しにくく、結果的にコアラ会員も運営参画している意識が希薄になってきたということだろう。そこから、単に利用者対運営者という対極的見方が出てきて、人数が多くなって相手の顔が見えにくくなったことと相まって、かつ、誰でもが自由に発言できるというパソコン通信の特質どおり、運営の在り方に強い苦情がよせられたということだろう。実名であっても匿名と同様なのかしら?

 そこには、一村一品運動的地域おこし目的というより、パソコン通信を楽しみたい、利用したい、という新しい潮流が出てきたように理解せざるを得ない。

 世代が違ってきたな、と感じ始めてきた。

 後藤会長を含め、初期のコアラ会員は「地域興しの一環としてパソコン通信コアラを発足させ運営してきた」のであるが、彼らはパソコン通信はすでにあちらこちにあるし「楽しむためにパソコン通信している」のであって地域おこし的論点は噛み合わない。



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