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永田町より愛を込めて

 

 日出会議以降、雑誌などによくコアラがハイパーネットワークという言葉とともに載っていたが、NTTの山口開生会長が当時出版した『二十一世紀、テレコム社会の構図』 という本にコアラの話が出てきた。なるほど、これはいよいよ東京の上層部にも広まってきたな、と実感したが、その最たるモノは国会議員の勉強会でのプレゼンテーションであった。

 そもそもは、九〇年六月二十日に国会議員の岩屋たけしさんが「永田町より愛をこめて」という会議室をオープンしたことに起因する。

 コアラは何度も述べたように社会インフラでありたい、と願うことから中立性に努力し、結果として一人だけでなく複数の議員の人達に入会してもらっていた。当初、岩屋たけしさんと、釘宮磐さんは後藤会長と志を同じくしてパソコン通信を始め、三人で「行革三勇士の県議会サロン」という会議室を開いていたが、岩屋さんは大分二区選出の衆議院議員に春の選挙で当選。そこで県議会サロンとは違う形態でコアラメンバーとコミュニケーションを図ることとなったのが前述の会議室であった。

 何しろ、永田町という地名に大分人には縁がないし、国会の内情はもっと知らない。それを彼は一年生議員として身近に報告し始めた。当初は忙しいせいか、彼の考えをおもに発表するという一方向の形態が見受けられたが、イラン・イラク戦争が起こってから急激に双方向になってきた。何しろ自衛隊を日本から派遣するかどうか、と国を二分する議論が世間で行われており、当然その類の話が彼から報告される。それも人的貢献のために何らかの派遣も検討すべき、ということを正直に思うままに書いてくる。メンバーはそれに賛成する者もいれば反対する者もいる。おおいに議論となり、岩屋代議士もそれに引き付けられてレスポンスを返すようになってきた。我々の代表として国会に送った代議士と政策論議になってきたのである。

 戦争経験のある主婦の戦争反対の立場からの発言がある。それに呼応して自衛隊派遣反対の意見が出される。国際貢献の方法として認知する者もいる。岩屋代議士は国際貢献という理論の上に立ってその必要性を訴える。

 他の会議室で戦争から思い起こす第二次世界大戦の悲惨さの述懐が書き込まれたのもこの頃だろうか。日田市の浦塚政子さんは、女学生として過ごした戦争時代を冷静に振り返って状況描写を行った。その中に、ピカドン、広島の被爆者らしき人が宇佐まで流れてきた部分があって、私は目頭が熱くて読み難たかった。しかし、もっとショックだったのは、浦塚さんに引きずられるように、重い口を今になってやっと開けた寺尾武冶さんの述懐だった。彼はそのピカドンの広島にいたのだという。幸い生き延びたものの、あの地獄のような場所を歩きまわったという。今まで話すのをためらい胸の奥にずーっとしまっていた過去の忌まわしい記憶を、時期が来た、と思えるような生々しくつらい内容であった。きっと書くこと自体、思い起こすこと自体が苦痛であっただろう。コアラメンバーは一様に畏怖の念につつまれたようだった。この書き込みはたいへんな反響で数々の国内ネットに転載されていった。

 そして、このムードは「永田町より愛をこめて」に反映される。主婦の石田洋子さんの発案で、自衛隊派遣の反対オンライン署名活動が行なわれ、そのオンライン署名が、同じくコアラ内の「国会」であるこの会議室に提出されたのだ。ああ、なるほど、未来のネットワーク社会はこうなるのかもしれない。

 互いの体験を共有するコミュニケーション・ツールがあり、ダイレクトデモクラシーそのものに国会議員とダイレクトに政策論争をし、その意志を表現するためのオンライン署名活動があるなんて。そして、湾岸戦争の難民救援の資金カンパまでもがオンラインで呼びかけられ、事務局に総額十五万四百十七円が寄せられてきた。

 空気のきれいなところ、海や山が美しいところは電話代が高く、中央政治とは無縁のところというのが日本の常識だろう。ところが豊の国ネットを持つ大分は、そういった場所であっても国政を身近なものとして、普段の生活に取り入れる電子デモクラシー最適地域となったということなんだろう。こればかりは日本のどこにも実現していないだろう。そういったこともあって、この岩屋さん、日本初のネットワーカー代議士として有名になってしまった。

 その岩屋さんから連絡あって、若手の国会議員の「パソコン研究会」でコアラの話をしてほしいという。その会はなんですか?って聞いたら、「これからの国会議員はパソコンぐらいは当たり前でないといけない、ということで集まったグループで二十人ほどいるよ。自らが使うことも含め、政策的に何か考える必要があることをも勉強するんです。尾野さんの話は、その両方に合致して面白そうだなぁ」という話。

 十二月十二日朝十時、藤野東京特派員とネットワーキングデザイン研究所の常盤朱美さんを連れて霞ヶ関ビル三十階の特設会場に出かけて行った。すると、通産省の瀬戸屋課長もいてびっくり。考えてみればなるほどで、各省庁のそれ相応の専門職の人達も一緒に勉強、あるいは資料提供などを行っていたわけだ。国会議員の勉強方法がわかってきた。

 一時間以上に亘って大分とコアラの説明を行ったが、リーダーの佐藤謙一郎代議士は神奈川出身だが、お母さんが大分の宇佐出身だということで「私もコアラに入会する」って宣言され、後日入会申し込み書を送ってきた。福岡の三原朝彦代議士は隣の大分のことなのでおもしろそうに聞いていた。北海道の鳩山由紀夫代議士には、北海道のネットワークとコアラが連携して動いている会議室のことを説明してネットワークの面白さを訴えた。そして長野県選出の小坂憲次代議士はすでにアメリカ、コンピュサーブのIDを持っていた。共通の懸念事項として地元のネットに入会しようとしても、「アナタ専属のネットになってしまうと困る」とやんわりと入会を牽制されるようなムードがあるらしく、岩屋代議士をうらやましがっていた。またコアラの社会基盤であるという位置づけゆえに、複数の国会議員が自由に入会し利用しているし、知事も使っていて、「誰それのネット」の域を脱していることもうらやましがられた。全員が四十三、四十四歳前後と若い。また、岩屋さんは、自民党専用の電子ネットワークをつくろう、と提案していた。

 同行した常盤さんから「緊張しました。頭の堅い人達ばかりという偏見をもっていましたが、どうも本当に新しい風は、吹き始めているのですね。私は、コアラ会員になってから、自分が今まで信じてきたことが、ずいぶん事実とは違うことを学びました。」という感想が寄せられたが、間違いなくネットワーキングの新しい風が国会にまで吹き始めていた。



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