post141:準備も本番も時間との競争

準備も本番も時間との競争


 日出会議まで実質二ヵ月しか準備の時間がなかった。

 ハイパーネットワークという言葉はコアラ電子会議の中で生まれたばかりで、その言葉を説明しシンポジウムの意義を説き、出席をお願いせねばならない。世にはマルチメディアという言葉がやっと出始めた頃で、ハイパーメディア、ハイパーテキストなど、表現すら混乱状態であった。で、次の概念図(図6-1)を、スタート台とした。


 百人くればよいと思ったし、その百人があらゆる分野、階層、立場で構成され、ユーザーの立場から未来のネットワークを統合的に論じてもらえればよかった。それも、誰かが主人公というわけでなく、出席者全員の円卓テーブルという形態で用意したかった。つまりは、広範囲にスピーカーを求めねばならないということだ。各分野のさまざまな人達を、人を頼って、電話で、足で探し求めた。

 基調講演者は新しいコンセプトをつくり上げたことのある実績者をということで、当初コンピュータのマウスを創造したダグ・エンゲルバルト氏などを考えていたが、会津さんがアメリカの友人からハワード・ラインゴールド氏を紹介してもらった。彼の著書の『思考の道具』は私も持っており、共鳴するところが少なからずあったし、彼が提案してきたバーチャル・リアリティというパソコン通信では聞き慣れぬ演目がおもしろそうだった。

 ぎりぎりまで調整が行われ、パンフレットが出来たのがほぼ二週間前。あちらこちらへ案内を発送したのは十日前くらいだったろうか。ところがどうであろうか、思いのほか参加の申し込みがある。日が経つにつれ膨れ上がり、なんと二百人を越えてしまった。予定の倍以上だ。それだけタイムリーで魅力を感じる新しいテーマだった、と思いたい。

 日出会議実行委員長の公文俊平教授と、瀬戸屋英雄課長の開会挨拶のあと、ハワード・ラインゴールド氏の「次世代ネットワークとバーチャル・リアリティ」の講演が行われた。ラインゴールド氏は、当時としては珍しかったハイパーカードを巧みに使ったプレゼンテーションを用意して、バーチャル・リアリティの概念を説明。日本で初の本格的バーチャル・リアリティの説明になったようで、彼は今回の日本滞在中はモテモテであったうえ、日本国内を一気にブームに落とし入れてしまった講演でもあった。なかでもおもしろかったのは、パソコン通信で知り合ってのコミュニティをバーチャル・コミュニティと捉え、バーチャル技術が進歩するにしたがって、つまりはパソコン通信がハイパーネットワークになるにしたがい、コミュニティの力が増すことを説明。

 彼の所属するサンフランシスコのネットワークWELLとコアラを比べる話もおもしろかった。彼は日本で、それも東京から遠く離れた地方都市にWELLと同じようなオンライン・コミュニティが存在することに一番びっくりしたようだった。しかも、そのオンライン・コミュニティがこれだけの大規模のシンポジウムの主催していることに!

 そのあと「ハイパーネットワークへの道」と題して、マルチメディアを実践している人達から見た未来のネットワーク論を、ビジュアルを用いたりしながら説明してもらった。

 そして夕刻、平松大分県知事の講演である。知事は別府湾を背景に「豊の国のネットワーク構想 - 大分県の情報化の現状と期待される未来」と題して講演。マルチメディアネットワークになればさまざまな使い勝手が見つかるだろうと期待感を表明しつつ、会場の公文先生、瀬戸屋課長、今井賢一一橋大学教授に向けて、

 「どうだろう、今回のように未来のネットワークをあらゆる階層からインテグレイテッドに話をすること、それもユーザー側の視点で話をすることがおもしろい。これだけの皆さんが『興味あることだ』とお集まりになるのだから、研究所でもつくったらどうかと思うのですが、皆さん、どうでしょうか」 と呼びかけた。そして、

 「今日集まっておられる人達が客員教授となって、大分をアメリカのアスペンのようにリゾートオフィス的に利用し、研究にきていただくとうれしい」

 とニコニコ笑いながら冗談ともなく話した。もちろん、拍手喝采だ。

 パーティは大分在住のコアラ会員の歓迎ムードがいっぱいでおおいに盛り上がったし、夜なべ談義でも昼間は時間の関係で見せることができなかったさまざまなプレゼンテーションがあって、がぜん盛り上がっていく。

 翌日は、円卓テーブルのつもりでしつらえたロの字型の階段状テーブルで、十年、いや十五年先の将来ビジョンとしてハイパーネットワークとは何か?その定義や理念を求めての意見交換から始まった。ハイパーネットワークで何ができるか、いや根本的にコミュニケーションとは何か?ハイパーネットワークがあった場合の未来社会はどういった形態になるのか?社会構造や産業構造はどうなっていくのか?などを、今井賢一教授、青柳武彦さん(日本テレマティーク代表取締役社長)、坪田知己さん(『日経コンピュータ』副編集長)、今岡清さん(『SFマガジン』編集長)、藤原和博さん(リクルートメディアデザインセンター)、八戸信昭さん(都立科学技術大学教授)、川上博久さん(大阪府立身体障害者福祉センター)、ジェフ・シェパードさん(ENF代表、TWICSシステムディレクター)、塩崎泰雄さん(渡良瀬ネット・歯科医)、鈴木滋彦さん(NTT交換システム研究所高機能処理研究部部長)、小野欽司さん(KDD上福岡研究所所長)、キョン・ヒー・ユーさん(韓国工業技術院/DACOM・特別技術顧問)、水野武さん(インテックシステム研究所取締役)、大谷和利さん(テクニカルライター)、 渡辺弘美さん(通産省機械情報産業局情報処理システム課)らをキースピーカーにして縦横無尽にディスカッションを行った。一人一人が優れた仕事をし、しかも多岐分野に亘るため、他の人の話はすべてが自分自身への刺激に富んでいる。

 マルチメディアは盛んに論じられていたが、それをネットワークとして、かつ、ユーザーからの視点で、社会システムとして統合的に話した最初の会合であったはずだ。今でこそシンガポールやアメリカの新情報通信基盤「NII構想」などで話題が絶えないものの、先駆け的歴史的ワークショップであったと考えたい。

 控えめにいっても大成功であったようだった。我々は時間がない中で飛び回った。全体の流れを事前に知っていたのは私と会津さんだけ。会津さんは海外からの視点、東京側の接点に重点を置き、私は地方の視点、技術的な視点、市民側の視点を大事にして組み立てた。二人でやっと一人前というストーリーの、可変な連立司会方式は少々型破りだっただろう。

 また、八七年の秋の大会と同様にコアラメンバーの献身的ボランティア運営であったことに、参加者は一様に驚きの言葉と賞賛のまなざしを残していった。私としては、コアラメンバーの出番が少ないのが気になったが、メンバーはそれなりに裏方の楽しさを心得て行動しているように思えた。つまりは、県外の優秀な人達に大分に集まってもらう楽しさは、コアラに県外からアクセスしてもうらう喜びと通じるものがあるようだった。

 参加者のアンケートにもうれしい賞賛と次の会議を期待するものが記されてあったし、それに続く数ヵ月間は多くの新聞、雑誌、シンポジウムなどで日出会議のことがたびたび報告された。これは国内だけに止まらない。公文先生はカルフォルニア大学のバークレーで行った今後の電気通信政策のセミナーでこの日出会議のことを発言していたようだし、ラインゴールド氏も作家らしく、あちらこちらで発言して回ったようだ。公文先生や会津さんが、

 「尾野さん、ここは勝負ですよ。アメリカでハイパーネットワークのことを認知させるべく5月のENA大会に一緒に出席しましょうよ」

 といってきた。私は英語がまったくダメだから参加しても意味はないですよ、と、再三いったが、会津さんは、

 「今度ばかりは、その当地の当事者である『コアラ事務局長』の肩書きが重要だよ。私が尾野さんの話す内容を英語に訳すからとにかく一緒にいきましょうよ」

 と強く誘ってきた。

 おりしも、これも会津さんの仲介でサンタモニカの市営ネットワークPEN(Public Electric Network)と大分県・大分青年会議所間の電子ネットワークによる交流計画が進んでいて、昨年先方より担当部長のケン・フィリップス氏が市長の親書を持って知事と青年会議所を訪問している。その返礼を兼ねて行ってくれるとありがたい、という。

 


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