post139:ハイパーネットワーク日出会議に向けて
ハイパーネットワーク日出会議に向けて
さて、そういった東京で受けたさまざまな風を背負って、県庁電算課の安東昭課長にシンポジウム開催の相談に行った。
しかし、県としては年当初には組んでいない事業であるので、予算的にも人員的にも対応できないと、やんわりと開催が難しいことを示唆した。当然のことだと思った。ところが、芳山副知事の講演や私の話で、東京側はすでに動き始めていた。通産省情報処理システム開発課やニューメディア開発協会では、「ハイパーネットワークを論ずること」は既定路線であると受け止めてしまっている。
そのジレンマに困ってしまったが、前回の全国大会のように最終的には大分県の名前だけを借りて、実質責任は我々が負う方向で動かざるを得ないだろうという気持ちで、NTT大分支店に応援を求めた。愛澤慎一支店長は快く応じてくれて岩尾昭冶システム営業部長を担当にしてくれた。
そこで岩尾さんと二人で、県内の報道機関や新日鉄などの大手企業へ参加応援の根回しに歩くのだが、NTTが同調してくれてはいても、どうしても最後は大分県が主催かどうかがポイントになってくる。
九十年一月、年が明けた。
通産省の応援でもらえる予算の消化期日は三月末日までで、それまでにシンポジウムを行うことが前提にある。東京側の会津さんの焦りの声に私も不安になってくる。ホントに県の名前を最後には出してもらえるのだろうか?
そういったおりの一月十四日、消費生活展の会場で知事と会った。知事は、
「豊の国ネットのその後はどうかね?」
と気さくに声をかけてきた。
当然ながら、県内の地方会員が喜んでいること、さらには、東京で芳山副知事が平松知事の代わりに話したことがとても好評だったことを報告した。そして、瀬戸屋課長が「大分で豊の国ネットの未来を考えるシンポジウムをやったらどうか」と声をかけてくれていることも報告した。周りからかけられる声に知事は丁寧に対応しつつ、再度「それはどういったことか?」と会場を一回りして立ち去る前に念を押してきた。
「いえ、動画や絵を送ることができる未来のネットワークをハイパーネットワークと呼んでいるのですが、それを研究したらどうか、というんです。場合によっては研究所をつくるような話に発展しかねません」
「そうか、わかった」
と秘書にせき立てられつつ出て行った。
夕刻、四時頃、岩尾さんと二人で企業周りを続けていたところポケットベルが鳴った。会社に電話すると「至急県庁の電算課にくるように」とのこと。
ああ、これは昼前に知事に話したことでマエムキに転がったんだな、と、岩尾さんと喜び合って電算課に急いだ。
しかし、行き着くとどうも雰囲気がおかしい。別室に案内されて、課長、安部征二課長補佐のほかニューメディア担当班の全員が揃っていた。
「尾野さん、話が違うじゃないか」
「何がですか?」
「私達は今回のシンポジウムは、ちょうど他のイベントがあったり予算編成があったりで手が出せないし、予算も組まれていないのでできないと、あなたにいっているではないですか。それを知事に直にいわれ『やりなさい』といわれても対応のしようがないじゃないですか!」
ああ、失敗した、と思った。前回の説明が十分ではなかったのかもしれない。また、担当を飛び越えて知事に直訴した形になったのはまずかった。日頃から仲良く行動している者同士としてはルール違反だろう。
「それはすみません。知事から話があったんですね。飛び越えて話してしまってすみません」
消費生活展の帰りの車の中から即座に電話をしたようだった。
何度かお詫びの言葉を出しつつも、正直に現状を説明し直すべきだと思い、一気に説明した。「大分は頭脳立県を目指しているが、何もないところにはなかなか頭脳がこない。もし頭脳がくるならば、それを考えることができるマーケットがあるとか、その実験材料があるといったことでしょう。コアラは実は県外でとっても評価されているんです。単なるパソコン通信ではなく社会基盤としてのコンピュータネットワークづくりとして、大分県はとっても注目集めているし、八七年の秋の全国大会の実績が高く評価されてて、そういった方面でなら日本の頭脳、場合によっては海外の頭脳も呼び寄せることができるんです。
そこまでは私もわかっていたが、先月、芳山副知事の話がとってもよかったんです。私のコアラ事務局長という当事者の話だけでなく、芳山副知事が知事の代理としてコアラを通して、さらには豊の国ネットを通して間違いなく日本の先頭を走ろうとしていることを宣言されたのですから。大分はパソコン通信を単なるパソコン通信ではなく、社会の基盤になるコンピュータネットワークである、豊の国ネットは『情報道路』そのものであると、理念を明確に示したのが評価されて、大分でなら未来のネットワーク論を話す資格がある、と認めて下さったんです。よその地域ではできないチャンスなんです。」と訴えた。
そして八七年の全国大会では内緒ながら、県は今回同様に当初予算に組み込んでいなったこともあって、予算をほとんど使わずに大イベントを実行したこと。それは通産省がニューメディア開発協会を通じて資金支出してくれ、かつ、そう楽ではなかったが、全国大会だからこそ全国規模の企業から協賛金を得たこと。そして、出るカネを惜しみ、コアラメンバーの手作り開催、ボランティア運営で県庁職員の応援もほとんどナシでやれたことなど、当時の担当が転出でいないことから事情不足のようだったので、詳しくその仕組みを説明し直した。
さらには、
「そういったチャンスをものにしていって、少しづつでも積み重ねていきましょうよ。そうすれば大分はそういったことに強い県だという評価が高まって、ソフトプロバンスやソフトパークへの企業誘致が行いやすくなるだろうし、きっとそういった中から新しい産業が興るはず。いや、若い人達のUターン先としてきっと魅力ある職場づくりになりますよ。いやいや、大分出身者でコンピュータに関係ない職業の人達だって、ハイテクイメージの強まった大分にきっと誇りをもってくれますよ。そういったことを積み重ねていけば、きっと大分に帰ろう!大分はすばらしい!、ということになりますよ」と一生懸命話した。気がついたら一時間ほど一方的に話してしまったようだった。みんな静かに聞いてくれた。そいて、安東課長が、
「尾野さん、そりゃぁ悪かった。前回の説明の時、もう少し深く聞いておけば良かった。尾野さんのことを誤解してたかもしれない。それは私達が考え直そう」と静かに言葉を返してくれた。
うれしかった。安東課長の言葉にじーんときてしまった。
安東課長は、「かといって、尾野さん、県の仕組みはよくわかってくださいよ。岩尾さん、あなたもよくわかってください。当初の事業に組み込まれていないことは、なかなかに動きにくいのですよ。でも、お二人のことがよくわかったので、課長補佐の安部を担当にしますから、今後一緒に進めていきましょう。しかし、できないことはできないので、そこのところはよろしくコアラやNTTさん、または周囲の皆さんの知恵を十分借りてください」
と結ばれた。感謝。これで晴れて大分県の名前が出せる。いよいよやってやろう!と意気込んでくる。
そして、県との調整の結果、三月一九、二十日、豊の国ネットワークの完全なる完成記念として「ハイパーネットワーク日出会議」を開催することとなった。
パソコン通信はまだまだ普及の緒についたばかりである。
日出会議を模索する真っ最中、文部省生涯学習局が熟年者、高齢者へのパソコン通信普及を図るために、コアラを舞台としたビデオドラマの制作ロケを行った。小松方正さん阿部寿美子さんのプロの主演俳優に混じって、実在の人物としてコアラメンバーが何人も登場して発言したし、平松知事や安東課長もその役職で出演し、全国に売り出された。これも普及のための重要なステップである。
が、先頭を走ることにより存在メリットを得ていた我々コアラは、普及の足音が聞こえ始めると同時に、さらに次のドアを開けるべく、そのドアがどこにあるかと暗闇を手探りで探し始めた、ということであろうか。

コメント
コメントはまだありません。