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豊の国ネットの開通
八九年十一月十八日、歴史的な日である。
県内各地から歓声がコアラの中にせられてくる。
無理もない、今まで常に大分市内から離れているというだけでコアラから疎遠にならざるをえなかったのだから。
私にまで労いの言葉が寄せられた。うれしかった。早速、その喜びの声をプリントアウトし、県庁や畑代議士事務所に持っていった。急に電子空間が広がったような感覚で、豊の国ネットを使う必要のない県外や海外会員までが興奮し喜んでいる様子をどうやって伝えようか、もどかしく感じたものだ。
一つ一つ壁を打ち破っていくのは、苦労も多いが喜びも多いことを今さらながら実感する。
しかし、そういった振動は静かに広がるもので、十二月の電子ネットワーク懇談会例会はシンポジウムにするので、豊の国ネットのことも含めて「ニューメデイアと地域活性化」というテーマで平松知事に基調講演をお願いしたい、と連絡があった。さらに、「電子ネットワークによる組織・地域の変革」というパネルディスカッションもそのあとに行うが、アスキー西和彦社長や長銀総合研究所の北矢行男さんらとともに私も出るようにと連絡あった。
これは東京の皆さんの知恵、意見を借りるよいチャンスに思えた。
豊の国ネットの次は何か? その未来はどこにあるか? を考える絶好のチャンスだった。
まず、「情報ユーティリティ」の前提条件として、考えれば考えるほど既存の経営体ではない、新しい概念を求める傾向があるようです。株式会社でもなく、国家・自治体の直営体でもないもの、また、市民だけが運営するものでもない、、、、。コアラのマニュアル『豊の国情報ユーティリティの使い方』の〝はじめに〟で少し触れたように、増田先生が指摘された、企業管理型、国家管理型、市民管理型それぞれにメリット/デメリットがあって一つに頼れず、結局は「それらの複合型の市民主導型」という新しい経営体が母体となる「情報ユーティリティ」であって欲しいというのが、私にとって前提になっています。 なぜなのだろう? いや、その必然性が地域ネットワークだからこそ、求められているからだろう、と、思っています。 少し過激ですが、Reginal area Information Utility (RIUととりあえず略させて下さい)にはそうせざるを得ない細い道しか残されていないようにも思うのです。 大都市(東京)と地方の違いがその根底にあると思います。 人口が多いと、多用なサービスが経営的に成立しますし、それらのサービスは生き残りのために競争することでより良くなるでしょうし、サービス受益者は、数ある中から好みや目的に従って選択できるという〝大きな自由〟を与えられています。 選択の自由度が高ければ、それらのサービスはより受益者主導型、市民主導型にならざるを得ず、疑似的にも「情報ユーティリティ」らしくなるのではないかしら? ところが地方では経営的に成立できるほど乱立が許されないのは皆さんの想像どおりですが、かといって〝一社独占〟はこれまた弊害です。 特に、モノの販売だけでなく、情報の販売、情報の処理というサービスを「利潤の追求」が義務づけられている〝株式会社〟や、その地域を治めている行政体が独占するのはなんとなく心理的に落ち着きません。 ということは、誰にも独占されていない、「利用者一人一人が自ら管理できるタイプの新しい経営体」でRIUを構成しなければならないのではないでしょうか? それは、ハイアラキー組織ではないですね。 ネットワーク組織であって、利用者が利用する度に自然にRIUのあり方に投票するという-----(RIUの運営が市民から是認されなくなればアクセス者が減るというはっきりした〝投票〟目安もあるし、YES/NOだけでなく、運営に対しての意見交換もダイレクトな日常茶判事的なことであって)------、電子ネットワーク特有のダイレクトデモクラシー的な経営体かな。 そういったRIUがあったとした場合、地域に一つしありえなかったなら、「面白くなかったら使わなければいい」ということが言えなくなりはしないか、ということになりますが、そこが今度は全国ネットワークと競うことになるのだと思うのです。 RIUに対してNIU(National Information Utility)かしら? 地域、地方に住む人間はRIUとNIUを選択するチャンスを持たねばならないですね。 そして、両者は一生懸命競わねばならない。よりよいサービスであるように。 それぞれに勝る点が見つけられるはずですし、両者を使いこなすことこそ面白い。 例えば、RIUは連合することによってNIUの広がりに対抗するでしょうし、NIUは最新技術でRIU的な個性を出し易くするでしょう。 また、なぜ、NIUがRIUに替わって地域を完全に取り込むまで強く成らないか?という質問もあると思うのです。 いろいろなことが考えられますが、RIUは多分(当然のように)NIUに比べて利用料金を安く設定するでしょう。 また、電子ネットワーク特有の、公文先生のおっしゃられる「気配りは無限ではない、有限である」から、ある程度のグループ構成人数が多くなってしまうとそのネットに所属するという感覚が薄れてしまい、周りが見渡せる小さなグループを好む傾向もある、こともRIUにはつけ込むチャンスかも知れません。 こういったことを考えながら、公文先生の二つの論点をRIUに絞って考えてみました。 (1)メンバーシップに関して: 当然、無料に近い安い料金でお願いしたい。 利用者が少ない時期は少し高いかもしれないが、利用増が安価への道になるように。 参加は自由であり、選択が出来るようであって欲しい。ただし、未来のハイパーネットワークは地域の基本的社会基盤とハード的にもくっつく可能性(例えば電力会社やガス会社のように)があるのでその部分は参加するかしないかという二者択一かな? 情報ユーティリティのマーケットが成長しきってない状態の時はある程度地域独占的なままであって、マーケットが出来上がれば地域内でも複数選択になる可能性もありますね。 しかし、電話は100年かかって独占から選択になったのですが、情報ユーティリティは100年経てば増田先生がおっしゃるように、世界が一つのGIU(Global Information Utility)ということになってしまうのだろうか? また、なんとなく、中央民活・地方官活的なイメージが無くもありませんが、こういったRIUの創生期には自治体の動きがとても重要であり、運営費用の一部公的機関からの補助をぜひとも必要とすると思いますし、基本的なサービスとして公共機関の窓口などもネットワークの中に開かれるでしょうから、安定期になっても補助は何等かの形で求められるのではないでしょうか? (2)基本的なサービスについて、 この論点はもうちょっと別に考えてみます。 ハイパーネットワークというものを将来求めるとした場合、持たねばならない機能そのものを論ずることと同様にも思えますが、短期的には公文先生のおっしゃるトランザクション処理等は痛感しています。 例えば、コアラも銀行引き落し同意者で構成されるCUGを新たにつくる、なんて話もでたりです。 また、大企業や大組織にはあっても、個人や中小零細企業では持ち得ないサービスをサポートすることこそRIUの狙いでもありますし、大手ネットよりもより安い利用料金等を求めた行動に出れば情報協同組合的でもありますね。 また、第二電電や西尾さんのいう第二種の通信業者に比べれば、RIUやNIUは、第三種通信業者的ですね。そういった仕組みの中でFAXや付加機能を考えてみたい。 |
とにかく多くの人達にいろいろと聞いてみたかった。
当日、知事に急用ができて芳山副知事が基調講演を行ったが、平松知事に負けらずネアカに話し、豊の国ネットワークをつくるという大分の先進性をうまくPRした。
さて私は、当時とくに強く感じるダイレクトデモクラシー観のことや、地域住民自らの手で「情報道路」をつくった結果として、経営形態の違うさまざまなホストシステム、ネットワークを一つに統合したような環境をつくり出し、豊の国ネットの構築に結びついたことに注意を促した。なかでもシステムの横つなぎは、コロンブスシステム(中小企業用データベース)やオスカル(統計情報データベース)、オリオン(研究交流ネットワーク)の「国家・行政運営管理型」と、(株)大分ニューメディアサービスが経営するキャプテンの「企業管理型」、さらには、コアラの「市民管理型」の三つの運営体を連携させることになり、かねてより言っている増田米二氏の〝情報市民公社〟に一歩近づいたように思えることを力説。
そして、豊の国パケットネットワークは、スピードを速くしたり容量やサービス内容を増やすといったグレードアップの余地、拡張の余地などによる発展はおおいいにあるが、それらを新しくするする〝次世代の地域ネットワーク〟への模索は別方面から行わねばならないように思うことも力説した。例えば、ISDN対応の地域ネットワークとはどんなものなのか?
それらの高速の通信路を使って、今までの文字だけでなく、また、静止画だけでもなく、〝映像(ビデオ)情報〟なども、ネットワークで手紙のようにやりとりするようになるというならば、そのことを論じ始めてよい時期がきたと思う。それが現在のキーボードアレルギー等によるパソコン通信普及の障害を乗り越える力になるだろう、と述べた。
当日、アスキーの西さんは、今後のパソコンはマルチメディアだと改めて強く力説してたし、各メーカーはマルチメディア・パソコンへの技術開発に重点を置き始めたことが見え始めていた。代表例として、アップル社が知能を持ったパソコンのプロモーション・ビデオを作り「ナレッジ・ナビゲーター」などとしてを提案しているが、未来のパソコンがそういったものであるとしたならば、そのパソコンに接続できるネットワークが必要であるはずだし、アップル社だけのものしか接続できないのではおもしろくない。富士通もNECもIBMも同様に接続されてほしいし、そうでなければユーザーである我々は困ってしまうということ。
そして、私達コアラでは、マルチメディア端末に対応できるネットワークのことを、今のネットワークを越えるネットワークとして「ハイパーネットワーク」と呼び、そのホストシステムの開発が技術的にも社会システム的にも必要だと思っており、社会基盤として誰が設置費用を負担すべきか?などという問題を含めて全般的統合的に考え始める時期が来たこと。そして、まだどこも本格的にはその研究に取り組んでいないところが重要な点である、と、訴えた。
これらは私個人の意見としてだけでなく、コアラの電子会議や例会、オフラインイベントで互いに意見交換や相談を普段に交わしている中からの意見であることも併せて力説した。
懇親会はたいへんに盛り上がって、様々な方々から声がかかった。
北矢行男さんが、「大分の素晴らしさは、自分達独自の方法でやっているところで、そこがおもしろい。平松知事を先頭に、単に真似するなどということではなく、自分達に合った方法を探し求め、それらを独創的に実践するところにおもしろさもすばらしさもある。日本各地がそういった地域同士の競争になったら東京なんて目じゃぁない」なんていってたが、さしずめ〝コアラと豊の国ネットのお披露目懇親パーティ〟といいたくなるような勢いになってしまい、気恥ずかしさと同時に誇らしかった。
また、何人かは、「ハイパーネットワークを考える研究所を必要とする」などといってきたし、通産省情報処理システム課の瀬戸屋英雄課長は、
「今日の話はもっと突っ込んで考える必要があるし、おもしろいと思うよ。どうだい、いっそのこと研究するに値するかどうかを考えるために、それだけをテーマにしたシンポジウムをやったらどうだ?」
と声をかけてきた。
「えー、それはうれしいけれど、お金がないですよ」
「うん、それは何とかなるからとにかくマエムキに考えてみたら?」という話。
さっそく会場に同席していた会津さんと相談した。
会津さんは、コンサルタント職の強い立場として、パソコン通信がある程度普及、認知されてきた現況においての全国大会としてのネットワーキングフォーラムの今後のあり方、さらには自分の会社であるネットワーキングデザイン研究所の今後の方向性をどう見出そうかということを考えていて、十一月の終わりに大分きた時、その話をしていた。その時、私は豊の国ネットの次なる姿としてのハイパーネットワークを考えようと提案し、彼も同調していた。
そこで、さっそく彼はそのワークショップの準備にとりかかった。例の秋の全国大会の再来である。
しかし、あの時に比べてはるかに見えないネットワーク論であるし、どういった形態でやるか?
当時、大分は頭脳拠点としての研究所や開発事業所を別府湾沿いにリゾートオフィス構想と絡めて実現を目指してたし、私は夢ある未来のネットワーク論であるからこそ東京にはない自然豊かな景観の中でのシンポジウムを行いたいと思っていたので、大分県日出町の海岸に面して建てられている厚生年金休暇センターで開催することを提案した。

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