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地球サイズのおもしろさ

 

 海外会員第一号の栗村さんは、いくつもの障壁や煩わしさを克服してさまざまな挑戦をしていた。

 彼の骨おりで、東京とオランダ間でチャッティングによる国際親善ネットワーク将棋が八八年十月末にコアラを使って行なわれた。

 主催は、(社)日本将棋連盟が隔週出している将棋界の情報誌『週刊将棋』で、延々五時間近くにわ亘って熱戦が行なわれた。登場者は、オランダ側はチェスのオランダチャンピオン・前欧州将棋連盟会長で、将棋は三段の腕前のピータ・スタウテンを筆頭に四名、迎え撃つ東京側は室岡克彦五段という組み合わせ。その結果は『週間将棋』に数週間に亘って連載された。

 オランダ・東京間の橋渡しを地方ネットである大分のコアラがホストするってところにおもしろさを感じたのは言うまでもないこと。またホストがアメリカのシステムでもないし東京のシステムでもないところに、大都市でなくても設備があるところなら、どこでも仲人になれるというネットワーク・システムのよさを再認識したし、地方に住む我々にとってもとてもよい刺激になった。

 ヨーロッパだけでなく、アメリカからはTELENET経由で、国際ヴァン=>Tri-P=>コアラというルートをインテックの西尾さんが開拓したのもこの頃。そして、八八年秋にカナダのバンクーバーに移り住んだ公文先生が、そのルートを使って定期的にバンクーバーの様子をコアラ内に紹介してくれた。

 我々大分在住者、または、英語の話せない私達は、ヨーロッパ大陸からもアメリカ大陸からも距離を超えて、日常的に日本語アクセスが行われるのを見て、やっと、このメディアの地球サイズのおもしろさを実感したものだ。

 かつ、同じ年の八八年十一月、通産省の中野さんが日本貿易振興会ジェトロのジュネーブに転出し、艱難辛苦のコアラ通信に挑み始めた。翌年三月、TYMPAS経由での通信に成功。これはTYMPASが全世界独自のパケット装置で単一ネットワークをつくっており、ややこしい日本語のためのパラメータ設定をしなくてすむからであって、まずは朗報だった。中野さんの報告によると、ジュネーブから日本へのアクセスで日本語が楽に読み書きできるのは、当時コアラだけだったようだった。(NIFTY-Serveなどはカタカナのみの通信であったようだ)

 ところが、スイスはまだ国際VANが自由化されていないため、個人で米国系パケット通信サービス会社TYMPASやTELENETへ入会することが認められておらず、国策会社の電気通信庁TELEPACのみが利用可能だった。中野さんは赴任前に日本でTYMPASに入会していたからできたような状況であった。

 そこで、彼はTELEPACからのコアラ通信を何度も試みるようになる。KDDのジュネーブ事務所の力を借りたり、日本からのアドバイスをもらったりで、日本語通信のことを考えていなかったTELEPACをもついに克服。その結果、ジュネーブ赴任のちょうど一年後には、スイス電気通信庁の人々に招かれて、ジュネーブ大学日本学科のMichelMohrさんと一緒に日本語通信の必要性とその問題点を講義までしてしまうほど。彼のエネルギーは日本だけでは治まらなかったようだ。中野さんは、オランダの栗村さんと会って「コアラヨーロッパ例会」を行ったり、何人かのコアラメンバーのジュネーブ訪問を報告してくれたりしていた。そういった最中の八九年十月、今度はエプソンの工藤さんがアメリカのオレゴンに赴任。バンクーバーの公文先生とジュネーブの中野さんがコアラ上で直接意見交換したり、工藤さんと公文先生同士とのやりとりなどは、大分のコアラホストを使ってはいるものの、どこが世界の中心かわからなくさせてしまう。

 何事も〝東京一極集中〟がいわれる中で、もしも大分と東京という二つだけの視点しかなかった場合、これはもう紛れもなく東京の方が中心に見えて来るのは人情だろうが、それにオランダやジュネーブ、バンクーバー、オレゴンが日常会話で加わってくれば決して東京に引きずられはしないだろう。おもしろかった。

 この状況を利用して後日、大分県がトキハ会館で消費生活展を行い、日本と欧米の物価比較をする「パソコン通信で知ろうリアルタイムの欧米」というイベントが公開の場で組まれた。日本の物価水準が欧米諸国に比べて高いという意識から行われたもので、内外価格差調査をジュネーブ、オレゴン、大分の三点チャットでイベントとして披露したりした。



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