post125:TV、コアラ、雑誌、のメディアミックス

TV、コアラ、雑誌、のメディアミックス

 

 また、番組が始まってまもなく、地元経済雑誌社から依頼されて月一本の連載を書くことになった。「TVの向こうから」と題していたが、私にとっては、テレビにパソコン通信に雑誌、と、三つのメディアを同時に推進することになって複雑な思いだった。

 コアラでコミュニケーションしている人達は相変わらず遠慮のない楽しい交流が続いているが、デパートのエレベータで「あなた尾野さんでしょう? テレビ見てますよ」と優しくご婦人から励ましをもらったり、地元の経営者の人達からは「『AD経』読んだよ、コアラもおもしろそうだなぁ」といってもらえる。とにかく複雑怪奇。雑誌でコアラのことを書いたりTVのことも書いたりと、〟顔〟区別が難しくなっていく。おまけに県庁の他部署のイベントに司会として声をかけられたりで、コレはコアラのこと、コレはテレビのこと、コレはイベントのこと、と区別ができなくなってしまう感じだ。これがメディアミックスなのだろう。そもそも個人は個人に過ぎず、「○○会社の××です」と決めつけた紹介自体に無理があるのかもしれない。

 メディアミックスのクライマックスは、八九年八月二六日に行われた生中継テレビシンポジウム「地域TV三〇周年」であった。これはNHK大分放送局とOBS大分放送が共同で開局三十周年を祝う番組で、大分出身の筑紫哲也氏を中心にコンパルホールでパネルディスカッションを行いながら、コアラホストの隣から私が生中継でシンポジウム会場へまとめて報告をする、という方式。

 いつものことながら、我々は事前電子会議を八月一三日より開催。議長にはシンポジウム当日の総合司会である浅見忠司NHKアナウンサーにお願いした。

 議論のポイントは、「地域放送とは何か?地域放送の視点は?、今後の在り方は?」などで、より地域密着型である大山町の町営CATV局からの中継も併せて行い、地域放送そのものを考え直すことであった。

 浅見さんが忙しい中をよく応えてくれたし、会員もよく発言し、地域の放送局の役割として「地域の活性化」が大きな柱の一つになっている、ということがシンポジウム当日までにおぼろげに見えてきた。

 そして、放送そのものの在り方として、昔、コアラが客観的データベース情報よりも主観的コミュニケーション情報がおもしろい、ということに気がついたように、単にニュースを読むにしてもキャスターやアンカーマンの個人的背景がわかったほうがおもしろい。(ある会員はサンデー大分で私が冒頭で個人的なことを暴露していたのがおもしろかったし、人気の秘密だったなどという)つまりは、話す側と見る側がやはりコミュニケーション情報でつながっていて、それが拡大されて双方向であるのが一番おもしろい、という結論が見出されてきた。

 いよいよ当日、二時間のワクで本番が始まった。NHKもOBSも同じ画面が流れていておもしろい。コアラは全回線が塞がったし、空くと即座に他のメンバーがアクセスしてくる。ミニスタジオ化した情報センターで、テレビのパネルディスカッションの進展に合わせて寄せられる皆さんの感想を、私の発言時間までにまとめなければならない。これは忙しい!

 どの意見を拾い出して、会場に投げ込むか?

 電子会議に出た意見を必ず前提にしなければならない(電子会議は発言そのものが電子記録として証拠になるので勝手に皆の意見です、と、ウソは言えません!)ので、目が回る忙しさだった。何とかパネルの流れに沿いつつ、皆の発言に読み出しつつ、コアラらしい意見を拾い上げて発言を繰り返したが、これこそファクト・イズ・ザ・ベスト・コメント(事実は最良のコメント)方式だ。

 メンバーは既に当日までの約二週間の議論で、何が重要か、本質的な論点はどこにあるか、ということを淘汰しコンセンサスを得ているので、パネリストの発言がそれると、もとに戻すように要求してきたりする。したがって、私の発言は単なるコアラメンバーの意見としてだけでなく、必ず現状のパネル議論を踏まえつつ返事をもらえるような質問も織り混ぜることに心がけた。つまりは双方向方式だ。そういったこともあってか案の定、シンポジウムの落としどころは「地域TVに双方向性を」ということになった。最後にコメントを求められて、冒頭で筑紫さんがテレビを「ただいま成長中のメディア」と発言したのを受けて、コアラ内ではテレビとパソコン通信との比較が何度もされたことを念頭に、藤野君の発言の「テレビはパソコン通信に比べて〝未熟なメディア〟である」ことを紹介し、双方向性のおもしろさとその重要性に念を押した。

 このメディアミックスは大好評だった。とくにテレビ局側に反響が大きかったようだし、浅見さんはあとでコアラに「局内で大好評、絶賛」と書いてきたし、コアラメンバーの豊かな意見交換の協力に大いに感謝してきた。東京の放送総局への報告にも「会場外のパソコンネットワーク通信の事務局では、会員がパソコン通信を通じて討論に参加。単なる民放とのタイアップだけでなく、テレビとパソコンというメディアのドッキングとしても注目された」と特書きしたとのこと。

 「さかな・魚会議」の高松館長がむかし子育てシンポジウムで経験したように、当日はじめて自分の意見を他人に見せて反応を知るパネリストよりも、ゆっくりとではあるが事前に電子会議で自分の意見への反応を知っているネットワーカーのほうが、パネルディスカッションを楽しんでいる、ということであろうか。

 また、同じ地域のことを考えるにしても、大分に住んでいる人だけで考えるのではなく、東京や海外にいるコアラメンバーが外からの地域論、あるいは他の場所での大分とは異なる地域の在り方をコアラを通じて教えてくれる。コアラはアンカーマンとしてはまさに「グローバルに考えローカルに発言する」重要な武器であった。さまざまな形態でのテレビ出演は、それなりにパソコン通信のことを再考させるよい機会になったわけではあるが、数年後、これだけの経験を積んでいても適切に対応できないことが起こって、愕然とすることになる。



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