post123:第五章 さまざまな広がり 大宣伝時代
第五章 さまざまな広がり
大宣伝時代
秋のネットワーキングフォーラムの成功はさまざまなエネルギーになった。
フォーラム開催に至るまでも種々のマスメディアに取り上げられていたが、それがひと回り違う形で花開いていく。以前は、どちらかというと専門誌からの取材が多かったのだが、フォーラムに前後して、一般紙や通常番組に取り上げられるようになってきた。
いわば、一九八七年の秋の全国大会を中心にした前後一、二年間は、コアラという名前を売ると同時に、〝パソコン通信〟の名前を世間に認知させる「大宣伝時代」という時期だっただろう。
NHKを例にとっても、全国放送では、それまではニュースの中でのハイテクに関するトピックス枠であったり、ラジオ第二放送でニューメディア専門番組に出演を依頼されたりといった状況だった。ところが、全国大会の話が持ち上がるちょうどその頃、朝の奥様向け番組である「おはようジャーナル」の取材を受けたり、ラジオも第二放送ではなく第一放送で土曜日の夕方十分間に亘り広瀬久美子アナウンサーのインタビューを受けたりと、パソコン通信の一般利用のおもしろさと全国大会のPRを全国に向けて行えた。それだけ浸透し始めたということで、歓迎すべきことだろう。
他のメディアもそうであった。TBSがやはり奥様向けと思える「朝のホットライン」という番組で取り上げてくれたり、新聞や雑誌でも急激に〝普通の人〟を対象としている枠組での取材が多くなった。とくに、一二月六日に結婚した藤野新婚夫婦は格好の取材材料で全国紙によく取り上げられたし、好江ちゃんはアグネス・チャンと対談するなどモテモテであった。
かくいう私も日経新聞本紙の日曜版に高橋慈子さんと二人で一面いっぱいの対談が掲載されて、日頃無沙汰のパソコン通信に縁のない大学時代の友人達が次々と電話をくれて「パソコン通信って、なにやってんだ?」といってくる。
これならパソコン通信に対する認知度もあがってくるに違いない、とうれしかった。
また、地元でもコアラという名前が徐々に浸透し、「パソコン通信をする」というより「コアラする」という動詞が何となく通じるような雰囲気も出てきたほどであった。その最たるモノは私のレギュラーテレビ出演だったであろう。

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