post122:感激の大会終了
感激の大会終了
驚いたことにあのナアカな彼らが急に下をむいてしまっている。ねぎらいと賞賛の拍手がいっぱいなのに。あぁ、そうか、私も遅まきながらわかった。思いかけず県外の人達から感謝とねぎらいの言葉をもらって「やり遂げた」という感動、感激の涙がにじみ出て正面切って顔を上げられないでいる。
さもあらん。
会社を休んで二日間走り回ったスタッフ達の本当の晴れ姿だっただろう。工藤アルバム編集長や和田副編集長も、若い馬場雅治君も、お嬢様クラブの好江ちゃんや花恵ちゃん、典子さん達も。裏方に徹して総監督に当たった姫野清高君も、県外客へのお土産を用意した二階堂君も。ふと振り返ると、公文先生までもが感激で目頭を押さえている。
そうか、やったのだ。と、遅まきながら私にも内から感慨深いものがわいてきた。
これこそが東京から大分への帰還であったに違いない。
いや、その感慨だけでは説明できそうにない。
彼らの仲間でいることに喜びを感じている自分がうれしい。コアラメンバーであることの喜び、そして何よりもネットワーカーである、ということの優しさ、連帯感、喜び、そして、誇り、どう表現しようか。
どうやら大分のコアラメンバーだけではなく、参加者全員がその感慨に浸っているようだった。私と同様、こういった経験はきっとはじめてであり、ショッキングなものであったのだろう。
多くの社会的視点を持ったジャーナリスト達が東京から集まって来ていた。そして書いている。
「この一九八七年十月二十八・二十九日は、パソコン通信や電子ネットワークを社会的に認知させた本当の革命的事件なんだ」と。
まさに、パソコン通信はイノベーションとして認知されたのだ。
裏方スタッフ達は、そのイノベータ達の仲間になれたこと、彼らの間の触媒の役目を果たせたことの驚きと感動に戸惑っているのだろうし、私にとっては大分をその触媒の場とすることによってパソコン通信、ひいてはコアラそのもののありようを大分の人達に大きく訴えることができた、と思えた。大分の人達によりフォーマルにコアラを認めてもらえるだろう。それでこそ東京に出ていったことが報われたとうれしくなってきた。
その興奮をそのままに、十三時からの東京と大分を結んだテレビ会議に臨んだ。
東京は、本大会実行副委員長で慶応義塾大学森敬教授、日本経済新聞記者の坪田知己さん、朝日新聞の三浦賢一さん、NHKの今和泉仁ディレクター、東京都立大学の八戸信昭教授、そして我らが東京特派員の藤野君が事務方として揃っている。大分は、テレビ映りよく女性を前面に押し出しての人員構成で、緒方好江ちゃん、小野沢澄子さん、高橋慈子さん、松村知美さん、そして男性陣が後ろ側に控えている。
大分側のテレビ会場はトキハ会館の一階広場に特設したため、飛行機の時間を気にしながらもまだ居残っているシンポジウム参加者だけでなく、一般の人達も「何事か?」と取り囲み黒山の人だかり。
総合司会を私が行い、まずは大会の結果を報告する形態を取ったけれど、東京からは前面の女性陣へ質問が集中する傾向にあって、本会議が終わった気やすさからかとてもなごやかに話は進む。そして、最後には、婚約が発表されて注目の的である好江ちゃんと藤野君が皆に押されて画面中央に対面。二人とも真っ赤なって互いに挨拶さえできないほどの照れようで、格好のからかい材料になってしまっていた。やはり文字だけのパソコン通信の方が照れなくて済むようだ。
森教授からは海洋牧場の話があったりで、一時間がアッと言う間に終わったが、回線が切れると同時に、周囲から自然に拍手がおこってきた。シンポジウム終了時の拍手に劣らずうれしかったし、じーんときた。ああ、本当に終わった、ということなのだろう。 大分で大会の準備に奔走したコアラ会員達も全国から集まるお礼と賞賛・ねぎらいの熱い電子メッセージに大満足。そのあとにも反芻するようにこの感激を話し合ったものだ。

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