post111:第四章 大分からの発信   二周年例会は大盛況

第四章 大分からの発信

二周年例会は大盛況


 オフラインは東京だけでなく、五月中旬すぎに福岡でも企画された。

 福岡在住で、電子メール利用の書籍宅配サービスを行っていた〝りーぶる天神〟の都渡さんと、薬剤師の石田恭久さんの二人が中心となって福岡例会が行われた。当時、福岡での講演が何度か続いて福岡会員の獲得につながったり、大学時代の同級生もコアラに興味を持ってくれたり、アルバムCOARAの工藤編集長や和田編集長代理が仕事で北九州に長期出張となっていたりで、総計十六人で開催。とにかく十六日に売り出された『おもいっきりネットワーキング』の効果は抜群で、皆、その雑誌を持って集まってきて、あれやこれやと写真を示しながら会話が弾む。パソコン通信(グループメディア)というニューメディアも、出版というオールドメディア(マスメディア)の威力あってこそと再納得。

 そして、五月三十日、二周年例会が行われた。

 大分の人達に認めてもらおうと考え、その前段階として東京で認めてもらおうと上京を開始してはや一年三ヵ月。会員一人一人の思いが伝わって、それなりにさまざまなところで取り上げられ、評価してもらえるようになったということだろう。

 情報社会論の第一人者である公文俊平教授には、例会前に平松知事に会ってもらい、パソコン通信の社会的評価や東京でのコアラ評価を第三者として話してもらった。

 要は遊び心でパソコン通信を推進はするものの、その奥底には「ニューメディアの本命」「アメリカを先頭に世界は本格的にパソコン通信ネットワークを社会インフラとして考えていくだろう」ということを、公文先生は専門家の立場から知事に語ってくれた。それのみならず、

 「コアラは日本のネットワークの中でも一番楽しいと思う。その内容がコンピュータとかネットワークとかの話ばかりでなく、日々の生活に密着した話が自然に表に出てきているので楽しく読める。メンバーの中に、善意、やさしさ、前向きの精神があふれていて、ネットワ-クによっては変な雰囲気もあるが、コアラはそれらがあったとしても乗り越え、いい雰囲気になっているのはすばらしい。文章も非常に洗練されていて、隠語が少ないので、今まで参加していない人でも参加しやすいと思う。多少東京から遠いのが難点だが、改めて、いいなあと思う。日本のまぎれもない代表的地域ネットワークですよ」

 と話してくれて、横にいて気恥ずかしかった。

 その勢いで例会場に乗り込むと、それこそ〝おもいっきりネットワーキング〟効果で会場はメンバーの笑い声がいっぱい。さらにはNHKテレビの取材チームもきていていっそう華やいでいる。いつもの十九時開会より早いけど待ちきれずに開会。

 毎月毎月、もう先月ほどは(例会が)楽しくないだろう、あんなに楽しいことが毎月あるはずがない、いつもそう思って例会に来るのに、その日は格段に先月のおもしろさをクリアーしてしまった。

 各自の一ヵ月の報告として、オンラインとオフラインのことをさまざまに混ぜながら、一人ひとりが話していく。適齢期のお嬢様クラブはオフラインでもオンラインでも〝縁結び〟に話題を絡ませての報告で、人が代わって報告が重なるにつれ「独身者コーナー」をつくろう、というのが決まったような雰囲気になってきた。男性陣も大歓迎でその旨の発言が重ねられていく。これこそ日本人特有の根回し合意なのだろうが、かなりオープンな根回しであって、電子会議の中で自然にオープンに合意形成される過程が、そのまま例会発言に出てきている感じだ。

 さらには、宇佐の是永さんが近々胃カメラを飲むといえば、あとから発言する者達は、自分の一ヵ月の報告の前後にその事に関する経験談をつけ加える人が続出で、「あれはまったく心配ありません、気がついた時には終わってるよ」とやさしい言葉もあれば「最近はカメラも楽になったもんで小指の太さを想定すればよい」とからかい気味に不安なことをいうもの、さらには「まぁ、そう恐がらずに。私は十数回経験している。コツを教えると、家でお風呂のシャワーを飲み込む練習したらいい」(皆は爆笑、是永さん目を白黒)とか、ユーモアが次々に重ねていく。

 とにかく笑った。かつ、公文先生から〝情報権〟の話をしてもらい(いつもは一時間の講演なのにわずか十分に縮めてくれた)、自分達のやっていることを理論で正当化してもらい、少しばっかり偉くなったような気になって大満足。

 公文先生の〝情報権〟を私なりに聞き取り解釈した内容は、

 「人にはモノを持つ〝所有権〟がまずあって、その権利を多少緩めて人に貸したり譲ったりする〝使用権〟というのがある。品物ではない情報にも同様にいろいろ考えられて、まず〝自律権〟が考えられる。それは自分でモノを考える権利、思う権利、知識を発明する権利とでもいえるものなんだろうが、これを品物における所有権と同様に基本のものと捉えて、その自律権を一部放棄したり、譲ったりする。つまりは自分の考えを皆に知らせたり、自分が発明した知識を他人が使うことを許すような仕組みがあってこそ社会がなりたっている。

 とくに、電子ネットワークは、互いがその自律権を緩めあって、部分的な放棄を行うことによって成り立っていると考えられる。しかし、完全に放棄したのではなく、人の考えや知恵を勝手に自分の考えとして使うのは決して許されるわけではなく、『これは誰々さんが考えたことなんだが』と注釈をつけて使用するのが当たり前であろう。こういったことを〝優先権〟と捉えることができる。そして、今後は知識の共有化が電子ネットワークで進展すればするほど、この優先権がより大事にされ保証されることが望ましいはずだ。

 今までは、情報の扱いを自律権と優先権といった構造で捉えることが定着していないので、人の自律権を研究の自由や報道の自由という名の下に侵害したり、優先権を犯して不法コピーが出回ったりしているのだろう。

 そして、そういった〝所有権と使用権〟とは多少違いのある〝自律権と優先権〟を新しく〝情報権〟として捉え、今後検討確立していくことが真にネットワーク社会に導くことになるのでだろう」

 ということであり、

 「一般的に優先権は強めていく方向が望ましいとは思うが、コアラは、今までの経緯を見ていると、その優先権さえある程度ゆるめていくとおもしろいのではないか。あまりこだわりすぎて他人の考えが利用しにくく、結果的に縮こまったネットワークになってしまってはつまらないし、他人のアイディアに触発されて次のアイディアを出し、それを積み重ねていってもっといい状態、もっとすごいアイディアに高めていくようなネットワークになるといいですね」

 と結ばれた。

 そのとおりだし、過去のスタジオCOARAで積み重ねた議論はまさにそのとおりだった。

 例会のあとは、さらに楽しい二次会が居酒屋「無一文」で行われたが、それこそギュウギュウ詰め状態。身動きできないほどの大入り満員。窮屈さがかえって心地よいという、底抜けの楽しさだった。



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