post110:東京でも春のネットワーキングフォーラム
東京でも春のネットワーキングフォーラム
オフライン隊の彼らは、東京にも自由に顔を出し始めた。
出張の都合やさまざまなチャンスを利用して、朝日の三浦さんやネットワーキングデザイン研究所などに立ち寄っていく。その際には東京在住会員が集まってきて、何となくコアラパワーを感じてしまう。そして、そのコアラのオフラインパワーを発揮する、ほどよいチャンスがやってきた。
三月の初めになって、東京有楽町のマリオンでネットワーキングフォーラムを四月三十日に開くことが固まってきた。今でこそ、このフォーラムは毎年各地で持ち回り開催され、その方面の人達にとって年一度のお祭り的イベントとして定着しているが、その第一回めの開催になる。当時は、パソコン通信がマスメディアに登場し始めてはいるけれど、企業や官庁のフォーマルセクターから完全に認知されているわけでもなく、ある意味では草の根的発展が続いていたのが実状だっただろう。それが、何かと反応をもらえるようになってきた。
ネットワーキングデザイン研究所の会津さんが事務所を開設して一周年ということもあって、各方面に打診したところ、通産省が乗り気で後援をしてくれるという。これならいける。で、「春のネットワーキングフォーラム」と題して朝日新聞、アスキーネット、PC-VAN、富士通・NIFTY-Sereveなどに共催を呼びかけた。通産省が後援、NTTが協賛である。サブテーマは「パソコンネットワークのビジネス利用の展望」とし、講演、パネルディスカッション、展示、パーティと計画された。つまりはオフライン大会である。
そのオフライン大会を行うにはオフラインでの準備が不可欠であって、案内状の発送や、展示の打ち合わせ、パネル準備などと東京在住のコアラメンバーが裏方で活躍し始める。なにしろ二ヵ月弱しかないのであるから、大忙しだ。私も事前打ち合わせに上京したいが、会社には出勤してはいないものの四年に一度の大事な関心事である知事選挙、県議会議員選挙が四月十二日に投票日を迎えるために大分をそう簡単に留守できない。一度の事前打ち合わせとオンラインでの応援のみ。
当日は、東京大学の公文俊平教授の「ネットワーク社会と情報権」の基調講演のあと、初の全国的大会らしく仙台から大分までのネットの運営者が顔を合わせたパネル討論が行われ、私も登壇。コアラの現状説明だけでなく実名ネットのコアラらしく「全国のネットワーカーID帳をつくろう」と提案したのだが、藤野東京特派員のところには後日、その件でさまざまな問い合わせがあったらしい。会津さんいわく「尾野さんは最多発言回数者だった」
パーティが始まって、藤野君、久保木マスターと私の三人の大分人グループは当初小さく固まっていたが、よくよく見ると周りはコアラ会員でいっぱい。三浦さんや、NHKの浜谷修三カメラマンなどのコアラメンバーになったジャーナリストもいて、藤野君いわく「ただいま三十五人のコアラメンバーがいます」というほどの大勢力。ということで、オフラインの楽しさと身内の気やすさがあって、久保木さんは大分から持ってきたコアラ特性Tシャツを着てあちらこちらで楽しんでいる!これまた会津さんいわく「いやー、コアラ会員というのは目立つというのか、すぐにわかるんですよねー。どこかずうずうしい、というか、誰のせいなんだろう」などと自分の事を棚に上げていう。ほんとに楽しかった。
今までのメーカー、パソコン販売店などの企画する民間イベントとは違って、初の行政が実質支援、すなわち、通産省が本格的に電子ネットワークを世に押し出してくれた公式行事とあって興奮さめやらず、引き続きネットワーキングデザイン研究所の事務所で行われた二次会までもが大盛況。
そこで、私は、お酒の勢いにのせて公文俊平教授に「ぜひとも大分にきてください。来月はコアラ発足二周年なんです。その例会に来ていただけませんか?」といよいよ切り出した。パソコン通信は社会的におもしろいし、それをしっかり地域に定着させようと思う私にとって、公文教授は、その必要性や問題点を社会システム論として理論組立をしてくれる、私にとって唯一の身近な人に思えた。が、それゆえにぜひともコアラの実際、大分の実際を直に見ていただき評してもらいたかった。また、平松知事に会ってほしかった。
一つ返事でOKしてくれた。かつ、コアラは〝お金が無い団体〟の代名詞みたいなもので「旅費をどうしたらいいかなぁ」と声を出すともなく呟くと、隣におられたニューメデイア開発協会の五十嵐さんが「コアラなら我々の協会も応援しやすいですよ。各地の情報化のお手伝いの一貫として講演会などの支援を事業として行っていますから手伝ってあげましょう」とすかざすいってくれた。これはうれしい。

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